今から一つ嘘をつくけど
 どうやらあの諏訪さんの家での一晩が、私の心を落ち着かせたみたいだ。

 心の何処かで、晴夏さんへの恋心がストンと落ちて収まり。ああ私は失恋したんだ、そう納得する事が出来た。

 あんなに何年もずるずると引きずっていたのに。


 家に帰ってから、突然帰ってしまった事を姉に電話でちゃんと謝った。その時にちゃんと『おめでとう』って素直に言えた。

 もうあの夜に感じた苦しさは無かった。


 これも全部、諏訪さんのお陰?


……分からないけど、彼が私の中の何かを変えてくれたのかもしれない。

 何だかそう感じた。





 何日かして、お店にまた諏訪さんが現れた。

 だけど、挨拶をしただけで特に何も話さなかった。武田店長と何か仕事の話をしているだけで、私に近づいても来ない。まあ彼は仕事で来たんだから当たり前だ。

 もし話しかけられて、あの夜の事を何か言われても困るからよかったんだけど。

 でも、少し様子が変だった。

 店内で私が仕事をしているのを、棚の陰からチラチラと見られて。目が合うと一瞬で逸らしてしまう。

 訳が分からない。だって彼の性格からすると、話したい事があればこちらの都合なんて無視してでも話しかけてくると思うのに。

 日を空けて何度かお店に来ていたが、終始そんな状態だった。


 ……静かでいいか。


 諏訪さんが変な人なのは今に始まった事じゃない。

 だから私は気にはなったけど、特に何もしなかった。









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