ヒグラシ

「佳奈、大丈夫? さっきからぼーっとして」


気遣うような母の声で我に返った。
先ほどまで混んでいた店内も少し落ち着いたようで、空席が見える。


「帰ってきてからずっと寒いって言ってたし、風邪でも引いたんじゃないの?」

「え、ううん、大丈夫」


気を抜くと物思いに耽ってしまう。私は親に余計な心配はさせまいと、食後に出された湯飲み茶碗を口元へ運び、勢いよくずずっとすすった。途端、口の中に予想外の熱湯が流れ込んできた。


「あつっ!」


何やってるの、と呆れた声と共に差し出されたハンカチを握り締めたまま、私はピリピリとしびれる舌を出した。これは、絶対先の方が赤くなっていてしばらく痛いやつだ。

追加でもらったお冷やをなめるように飲んでいると、父がぽつりと尋ねてきた。


「今日は行かなくてよかったのか?」

「え……別に。昨日行ったし」

「そ、そうか」


どこに、とは聞かなくてもそれが祭りのことを指しているのだと分かる。何故父がそんなことを言うのだろうと見つめると、恥ずかしそうに視線を逸らされた。そんな私たちのやり取りを見ていた母が、笑いを堪えながら小声で喋る。片手を耳の横で握ってジェスチャーをしながら。


「……お父さんね、あれからずっと気にしてるの」

「母さん!」


ピシャリと声を荒げる父にも動じず、母は笑ったままだ。まさかこちらの方も心配されていたとは思わなかった私はどうにも居心地が悪くなってしまい、曖昧に笑ってごまかした。

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