あの日みた月を君も
一人で暮らし始めた時、私に親切にしてくれた同じ病院に勤めているお医者様がいてね。

「何か困ったことがあったらいつでも僕に相談してほしい」って。

色んなことで心が押しつぶされていた私には彼の存在は一筋の光だった。

彼のおかげで少しずつ私の気持ちも落ち着いてきて、気がついたら私は彼に恋をしていた。

彼と結婚できたら幸せだろうなって思っていたけれど、彼から結婚の話は一度もでなかった。

実はね、彼にはきちんとした許嫁がいたのよ。

将来、病院を継ぐことが約束された人だったの。

そりゃそうよね。

私みたいに一度離婚した女性と結婚なんてするはずもない。

結局、私は結婚前のちょっとした遊び相手にすぎなかっただけだった。

さすがの私もかなり落ち込んで、男性に不振に陥ったわ。

男なんて、もういらないって。

その後、全てを早く忘れたくて仕事に没頭したわ。

その成果が出て、仕事だけはどんどん順調になっていった。

少しお給料も役職も上げてもらって、色んな仕事を任されるようになった。

今は患者さんから感謝されるのが唯一の励みなの。

ようやく自分がここにいていいんだって思える場所が見つかった。

夜勤も増えて、体は少しきついけど、今は充実しているわ。

食欲は随分落ちたけど、精神的には随分元気になったのよ。

あなたは最初私を見た時、学生時代よりも痩せこけてびっくりしたでしょう?

そんな顔してたわ。



アユミは言い終わると、僕の顔をみておかしそうに笑った。

僕は、アユミの話があまりにもショックで、まるで夢の中の出来事のように頭が鮮明に働かなかった。

そんなに落ち込む様子もなく、ハンバーグを口に入れたアユミを見ながら、現実かどうかわからなくなる。

今目の前にいるアユミと、今アユミから聞いた話の中にいるアユミがまるで別人であるかのような。

信じたくないという方が正しいだろうか。





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