あの日みた月を君も
彼の机の引き出しが空いていて、見るつもりはなかったんだけど、引き出しを閉めようとしたときに女性からの手紙が見えてしまったの。

二人の間がとても親密だってこと、すぐにわかるような内容だった。

その手紙は、同じ職場の女性からだったみたい。

でも、あの手紙は私にわざと見えるように置いておいたのかもしれないって、今はそう思う。

10歳も年下の私は、彼にはきっと物足りなかったのね。

私も一生懸命、不動産のことや、彼の趣味の釣りのことなんかを本で読んで、少しでも会話が弾むように努力していたんだけど、それだけじゃ到底10歳の差は埋められなかった。

しかも子供もできない。

彼には私はもう必要なかった。

彼の家族もお手伝いさんも、みんな。

私だけが家の中で不要な人間になってしまったの。

孤独な時間だった。

そんな中、父親の銀行が倒産。

彼には私が本当にただのお荷物になってしまった。

当然のように離婚を突きつけられた。

私も、これ以上この家にいるのが苦しかったからすぐに離婚に同意したわ。

ようやくこの孤独とおさらばできると思って実家に戻ったんだけど、父は全てを失って、精神的に病んでしまっていた。

仕事だけで生きてきた人だったから、仕事をとられたら生きる理由がなくなってしまったのね。

あんな情けなくて弱った父を見たのは初めてだった。

献身的に父に寄り添っていた母だけど、心労がたたったのか重い病気を煩って、私が離婚して戻ってきた1年後に亡くなったの。

後は私が働くしかなかった。

父がお世話になっていた病院の院長がよくしてくれて、看護婦として私を雇ってくれたの。

働きながら、勉強してなんとか資格をとった。

父はもう廃人同然になってしまって、今は病院にいるの。

そして私は一人で小さなアパートを借りて住んでいるのよ。


< 116 / 123 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop