あの日みた月を君も
「できるものならしたいわ。」

アユミは小さくため息をついた。

「来月、お父様がお見合いしろですって。」

僕が期待していた、真逆の答えが返ってきた。

あまりにも突然であまりにも心の準備ができていなくて、思わず足が止まった。

「え?お見合い?」

アユミは僕の顔をようやく見上げて頷いた。

大きな目の中に僕が映っている。

思わずその目から視線を逸らした。

「結婚するの?」

そう言いながら、また歩き出した。

「・・・してほしいんですって。」

「そっか。」

それしか言えなかった。

僕がずっと恐れていた事をこんなにも早くアユミの口から聞くことになるなんて。

元々住む世界が違う僕たちが一緒になることなんて、到底考えられなかった。

だけど、ひょっとしたら、その世界が何かのはずみでふと一転して、一緒になることができることが起こりえるかもしれないって。

少しずつ辺りが暗くなっていく。

オレンジの光はいつのまにか闇に飲み込まれようとしていた。

「あ。お月様。」

アユミが空を見上げた。

僕もゆっくりとその方に顔を上げた。

オレンジと闇の境目に、薄い、消えてしまいそうな月が昇っていた。

「きれいだね。」

アユミは小さな声で言った。

「うん。」

僕の心の中は月よりも、アユミのお見合い話のことでいっぱいだった。

夢に向かって歩き出したのは、全員じゃなかった。

歩きたくても歩けない存在がこんなにもそばにいあることが、どうしようもなく胸を締め付ける。

「じゃ、ここで。」

僕はアルバイト先に向かうために、アユミに言った。

「うん。またね。」

アユミは僕に軽く手を振った。

くるっと背を向けて歩いていくアユミの後ろ姿を、見えなくなるまで見ていた。

いつの間にか闇が完全に空を占領していた。

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