あの日みた月を君も
僕は笑いながら言った。

「君の頬が、まるでりんごみたいに真っ赤だからさ。」

「もう、嫌だわ。」

アユミは頬をぷーっと膨らまして、手袋を付けた両手で頬を隠した。

そんな仕草もとてもかわいいと思う。

もっとおちょくって怒らせてみたい。

そんなかわいい姿を見せてくれるなら。

でも、今日はせっかくの2人きりの時間だ。

すぐに気を取り直して、僕は笑うのをやめた。

2人で改札を通り電車に乗る。

電車にゆったりと揺られながら、アユミの横顔を盗み見た。

アユミの長い睫と、おだんごみたいにまるっこい鼻。

そして、小さくてピンク色の唇。

どれだけ見ていても足りないくらいだった。

こんな風に2人で並んでいられるのも、あと何回あるんだろう。

その時、ふいにアユミがこちらに視線を上げたので、あわてて目を逸らした。

「そういえば、2人で駅まで帰ることは度々あったけど、一緒に電車に乗ったのは初めてね。」

アユミは目を丸くして嬉しそうに言った。

「そうだね。2人きりでこうやって出かけること自体が初めてだから。」

そう言いながら、恥ずかしくなってうつむいた。

こういう状況は、本当に恥ずかしい。

女性とデートするなんて、これまでほとんどしたことがなかったら。

「なんだかくすぐったい気分だわ。」

アユミは首をすくめて、恥ずかしそうに笑った。

「本当は、」

アユミがそう言い掛けた時、電車ぐらっと揺れて次の駅に停まった。

本当は?

その続きがとても気になったけれど、聞けなかった。

アユミもその続きを言い忘れたのか敢えて言わないのか、何も言わなかった。

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