あの日みた月を君も
「そうか。アユミんとこも大変だろうな。」

僕はそう言うと、熱燗を一口飲んだ。

「ったく、会社を経営するってほんと大変な仕事だと思うよ。見えてないだけで、不正ややばいことなんて数え切れないほど抱えてさ。でも社員のために色んなもの抱えてやっていかなくちゃなんない。」

「全ての会社がそうじゃないさ。現にうちの会社はそんなことない。」

マサキは、皮肉めいた笑みを浮かべた。

「お前が知らないだけさ。」

その表情にいささか納得がいかなくて、反論する。

「正しい道を歩いてる会社だっていくらでもあるさ。全てがそうだって決めつけはよくないんじゃないか。しかもお前は新聞記者なんだし。自分の視点だけで記事を書き進めるなんてことは言語道断だと思うぞ。」

「言うな。」

マサキはちらっと僕を見やって続けた。

「俺も、生半可にこの仕事してないからな。闇の部分は随分と見てきた。お前よりな。」

「それはわかるよ。ただ、うちの会社に関しては悪く言わないでくれ。社長には本当に世話になってるんだ。」

「それは謝るよ。社長とはそんな親しいのか。」

「俺の父親の友人だからな。かわいがってもらってる。今度、社長の娘さんと会う約束もしてるんだ。」

「へー。本当かよ。」

マサキはようやく僕の顔をまじまじと見つめた。

「でも、まさか社長の娘と結婚だなんてやめておけよ。ろくなことないぞ。最終的に会社の責任全部かぶる羽目になる可能性だってある。」

「かぶったって構わないさ。俺の自信の研究を進めるためにはある程度上に行かないと無理だし。」

「ソウスケってそんなしたたかな奴だったっけ。変わったな。」

マサキはそう言うと、僕のお猪口に更にお酒を注いだ。

したたか。

そうかもしれない。

アユミと、あの雪の日、アユミの家の前で別れた時から、僕の何かが変わってしまったような気がしていた。
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