あの日みた月を君も
待ち合わせ場所には、既に社長の娘さんが来ていた。

僕が走り寄って行くと、頬をピンクに染めて会釈をしてくれた。

「待たせて申し訳ない。多治見ソウスケです。今日はよろしく。」

僕も頭を掻きながら、ぎこちない挨拶をする。

どうも、こういうのは苦手だった。

よく知っている女性とデートするならともかく、ほとんど面識のない、しかも社長の娘とデートなんて。

「今日は忙しいのにすみません。柳ミユキです。よろしくお願いします。」

まだあどけなさの残る顔とは対照的にとても落ち着いた声のトーンだった。

おかっぱ頭のミユキは、右の耳に横の髪をかけていた。

ベージュの清楚なワンピースに白いカーディガンを羽織っていて、見るからにお嬢様っぽい出で立ちだ。

見上げた目はとてもキラキラとしていて、ふと大学で出会った頃のアユミの目と重なる。

女性と2人きりでデートなんて久しぶりだったから、とりあえず昨日は周りの男友達に色々聞いて2人で楽しめそうな場所をいくつか考えていた。

「ミユキちゃんは、どこか行きたい場所ある?」

とりあえず聞いてみる。

アユミの時もそうだったように。

「はい。」

まさかのその勢いのある返事に一瞬目を見開く。

ミユキは、目をキラキラさせたまま、僕の次の言葉を待ってるようだった。

「あ、行きたい場所ってどこかな?」

「あの、最近できたM動物園です。」

「M動物園?」

あまりの幼い提案に思わず笑ってしまう。

「動物はお好きじゃないですか?」

僕が笑ったのがいけなかったのか、少し表情が固ってしまったミユキはとても愛らしかった。

「いや、好きだよ。動物園。確かM動物園て、パンダが見れるんだったっけ?」

「はい!そうなんです!パンダ、見たことなくて。」

ミユキはまた目を輝かせた。

まだ二十歳だもんな。そういう発想はちっとも不思議ではない。

動物園なんて僕の選択肢には入れてなかったけど、パンダには興味があった。

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