あの日みた月を君も
そのままヒロの腕の中にすっぽりと収まった。

温かい。

撮影前のリハーサルとはいえ、本番さながらの緊張感が二人を包んでいた。

ヒロの鼓動が私の全身に伝わってくる。

緊張してなさそうに見えてたけど、随分とその鼓動は速かった。

ドクン。

ヒロの鼓動に集中していたら、また私の胸の奥が大きく震えた。

なんだろう。

この感じ。

ヒロとは違う誰かに、一度こんな風にされたことあったっけ?

いやいや、私にはこの15年間彼氏なんていなかったし。

まさか父親?

そんなわけないか。

とても懐かしい感じがした。

そして、居心地がいい。

「おいおい!」

その時、担任が叫ぶ声が響いた。

「お前ら、いつまで抱き合ってんだ?セリフ言わなくちゃ。」

あ。

そういえばヒロが「大好きだよ」って言わなくちゃいけないのに、私もすっかり飛んでた。

「あ、すみません。」

ヒロの体がゆっくりと私から離れる。

二人の間にすぅっと風が吹き抜けた。

セリフ忘れるなんてヒロらしくもない。

離れた途端に、ふっと現実の空気を感じる。

さっきヒロの鼓動を聞いていた時とは違う空気。

変なの。

「ささ、もう時間もないし、本番いっちゃうぞ。お前らセリフ忘れるなよー。」

担任は笑いながら私達に言った。

周りの生徒達は冷やかしたい気持ちを堪えているような顔をしている。

だって冷やかすような現場じゃないもんね。

これは至って真面目な撮影現場だもの。



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