シンシアリー
レティシアは、桜色の唇をぐっと噛んでこらえていたが、ついにヘーゼル色の瞳から、涙がスーッと流れ落ちた。
ユーグはレティシアの頬に伝う涙を、太く長い人さし指でそっと拭いながら、「本当は心細いんでしょう?」と小声で聞き、レティシアは、コクンと頷いた。

「だったら、貴女には俺が必要だ」
「・・・ええ。ユーグ」
「はい、姫様」
「私に・・・ついてきてくれる?」
「はい。姫様。喜んで」

こうしてレティシア・ザッハルト姫は、エストゥーラ王国のコンスタンティン・ミカエルズ国王と結婚をするため、生まれ育ったアンドゥーラ公国を出発したのだった。
公家の馬車2台のうち、1台にはレティシアの身の回りの必需品と、エストゥーラ王国に献上する品-――もちろん最高級品質のアンドゥーラ製絹―――が入っている。
そして、もう1台の馬車には、レティシア自身と、お供の護衛騎士、ユーグ・ベイルが乗っていた。
春の季節が巡り、姫が「自由をください」と、父親のゼノス大公に訴え始めてから、1ヶ月が経っていた―――。

< 258 / 365 >

この作品をシェア

pagetop