お見合い結婚時々妄想
名前
「祥子さん、これ可愛いわ。この服も買いましょう」
「いやでもお義母さん、もういっぱい買ってもらってるから……」
「何言ってるの。肌着は何枚あっても困らないし、買っておきましょう。ああ、本当に女の子の服を選ぶのって楽しいわねえ」


出産予定日まであと数週間
いよいよ臨月
今日は、義父と義母と一緒に外出中
義父と義母は、先日再婚した
別れてからもお互いのことを思いあっていた2人だったけど、2人とも二の足を踏んでいたので、慎一郎さんと義弟の祐二郎さんが説得したのだ


「もう、いい加減に素直になったら?2人とも」
「俺の結婚式の時に、両親の名字が違うの説明するの嫌だからな。面倒くさいったらありゃしない」


そうして、2人はまた夫婦になった
今は、離れていた時間を取り戻すかのように、いつも一緒に行動している
その2人が今1番楽しみにしているのが、私の出産
2人の初孫にあたるこの子が、女の子だということをとても喜んでくれて、あれやこれやといろいろ準備をしてくれている
結局、義母はまた赤ちゃんの服を何枚も買ってくれた
いつも買ってくれる義父母に申し訳ないと、慎一郎さんに言ったら


「いいんだよ。2人は楽しみでやってるんだから。あまり度が過ぎるようなら僕から言っておくから、祥子は何も心配しないで」


本当にいいのかな?と思いながらも、義父母の楽しそうな顔を見ると、私も何も言えなかった


「おや、またそんなに買ったのかい?」
「ええ、可愛い服があったから、ついつい買ってしまったわ」


近くのベンチで待っていた義父はニコニコしながら、荷物を受け取った


「本当にありがとうございます、お義母さん。こんなにたくさん買ってもらって」
「祥子さんが遠慮するから。これでも我慢したのよ?本当にもういいの?」
「もちろんです!お義父さん達に買ってもらったこの子のタンス、もう入りきれませんよ!」


私がそう言うと、2人は顔を見合わせた


「じゃ、もっと大きいタンスを買いに行かないと。ねえ?博太郎さん」
「そうだな。今から買いに行こう。小夜子、祥子さん、行くよ」


本当に買いに行きそうな雰囲気だったので、必死で止めた
やっぱり慎一郎さんに一言言ってもらおうと思った瞬間だった


「それにしても慎くん、忙しいのねえ?今日も出張なんですって?」
「はい、この子が産まれる前にどうしても片付けたい仕事があるとかで、最近帰るのも遅いんです」
「その子が産まれたら、早く帰れるように、今頑張ってるんだろうね、慎一郎は」
「多分、そうだと思います」


2人がタンスを買いに行くのをなんとか止めて、買い物に来ていたデパートに入っているレストランで昼食をとっていた


「ところで、名前はもう決めたの?」
「はい。慎一郎さんが考えてくれました」
「祥子さんは一緒に考えなかったのかい?」
「私は、男の子だったらつけたい名前があるので、この子は慎一郎さんに。次は男の子っていう保証はありませんけど」
「それで?何て名前?」


2人が食い入るように私を見る


「私の名前の『祥』に希望の『希』、子供の『子』で『さきこ』。『祥希子』です。ちょっと当て字なんですけど、慎一郎さんがどうしても、私の名前から1文字使いたいからって。あと、慎一郎さんのこだわりで『子』は絶対つけたいって」
「さきこちゃん?」
「はい」
「いい名前だね」
「ええ、本当に」


義父母も気に入ってくれたようで、私も嬉しかった
そう言えばと、義父が口を開いた

「男の子だったら、どんな名前だったのかい?」
「そうそう、私も聞きたいわ」
「お義父さんと慎一郎さんから名前をもらって『太一郎』って。すいません、あんまり考えなしで」


私がそう言うと、義母はまあと言って笑顔になり、義父は手で口を押さえて何かを堪えていた


「お義父さん?あ、あの、勝手に名前使っちゃったの、悪かったですか?でもこの子は祥希子なので。次も女の子かもしれないし……」


慌てて言い訳している私に、義母はいいのよと言った


「祥子さん、気にしないで?博太郎さんは今、喜びを噛み締めてるとこだから」
「えっ?」


義父はやめないかと義母をたしなめながらも、私にありがとうと言った


「祥子さんは男の子がよかったのかい?」
「どっちでも良かったんですけど、慎一郎さんにそっくりな男の子が、親子で野球のユニフォーム着て、練習に送り出す時に『行ってらっしゃい』って言いたいなぁって。私の勝手な想像なんですけどね」


自分の妄想を話してしまって、かなり恥ずかしかったのだが、義父母は笑って聞いていてくれた


「それも楽しみだな」
「でも、まず祥希子ちゃんを元気に産まないと」
「はい、そうですね」


私がお腹を撫でると、義父が口を開いた


「それはそうと、祥子さん。本当に出産後は私達の家にしばらくいてもいいのかい?私と小夜子は、大歓迎なんだが、祥子さんは自分の実家に帰った方が、気兼ねしないでいいんじゃないのかい?」


義父の言葉を聞いて、義母も頷いた


出産後、退院したら義父母の家に3週間程滞在することにしたのだ


初めての出産で分からないことも多いし、体を休めるためにも自宅で1人でいるのは不安だったし、私の実家は、自宅から1時間程の距離があり、忙しい慎一郎さんが簡単には来れないというのと、母もフルタイムではないが、仕事をしているため、自宅にいるのと然程変わらないのだ
その点、義父母の家は自宅からも比較的近く、慎一郎さんも気軽に寄ることができ、義父母の家に泊まっても通勤にも困らないし、義父は非常勤で働いてはいるが、義母はは働いているわけではないので、誰かがそばにいてくれるから私も心強かったのだ


先日、その事を義父母に頼んだところ、二つ返事で受け入れてくれた


「せっかくのお2人の生活を邪魔するようで、申し訳ないんですけど、ご厄介になります」


そう言って頭を下げると、義父はありがとうと言ってくれた
その日の夜は、慎一郎さんがいないんならと、義父母の家で夕飯をごちそうになり、義父が自宅まで送ってくれた
自宅で義母が買ってくれたベビー服を片付けていると、電話がかかってきた


「はい、皆川です」
「もしもし祥子?」
「あ、慎一郎さん。祥希ちゃん、お父さんから電話だよ」
「はは。祥希子は今日も元気に動いてる?」
「元気だよ。お義父さんもお義母さんもびっくりするくらい元気に動いてた」


そうかと慎一郎さんが笑った
そうして、慎一郎さんと話していると、ふと名前の話になった


「そういえば、何で『子』をつけるのにこだわったの?『祥希』でもよかったんじゃない?」
「言ってなかったかな?」
「うん」


慎一郎さんは軽く笑って答えてくれた


「あのね……『子』っていう字は、『一』と『了』っていう字の組み合わせでしょ?」
「本当だ」
「『子』っていう字には『最初からから最後まで人生を全うする』って意味があるんだ。それで、『祥』には幸せって意味がある」
「うん」
「だからこの子には『最初からから最後まで、幸せで希望に溢れる人生を全うして欲しい』って願いをこめて、『祥希子』にしたんだ。祥子の名前を1文字使うのは大前提だったけどね」


それを聞いて、涙が出た
慎一郎さんがそんな願いを込めてつけてくれたなんて


「祥子?泣いてるの?」


電話の向こうで慎一郎さんが心配してる


「ううん、大丈夫よ。嬉しかったから。きっと、祥希子ちゃんは幸せになるわね」
「そうなってもらわないと困るよ。僕達の大事な子なんだから」
「いつか、祥希子ちゃんにも慎一郎さんみたいな人が現れてくれればいいけど」
「……現れなくてもいい。嫁にはやらない」


慎一郎さんが呟いたのを聞いて吹き出した


「祥子、笑い事じゃない」
「だってまだ、産まれてもないのに」
「それでも嫌なものは嫌だ。せっかく育てた上げた娘を……」
「祥希ちゃん大変。あなたなかなかお嫁には行けないわよ」
「うん、大変だろうね。僕は誰が来ようと認めないから」


そうして、2人して笑った

「慎一郎さん?」
「何?祥子」
「私、幸せよ?」
「僕もだよ、祥子」
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく。祥子」

きっと電話じゃなかったら、抱きついていただろう
慎一郎さんが帰ったらまず最初に抱きつこうと思った
きっと、慎一郎さんは抱き締めてくれるだろうから

ね?慎一郎さん
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