転職先の副社長が初恋の人で餌付けされてます!
「あれ? 拓武が弁当? 自分で作ったの? こりゃ明日は台風だな」

 作業室で一人ランチをしていた拓武のところに新浦が訪れた。仲の良い相手に対しては、ノックもせずにいきなり入ってくるのが新浦の特徴だ。

「あれー?でも、おかずの種類も多いし、そのかわいらしい巾着もお前作って事はないよね?」

 拓武が応えないので、調子にのって新浦が続けた。

「俺が作ったんじゃない、……彼女が」

 憮然として拓武が答えるが、口元はうれしそうにゆがんでいる。

「ほぉぉぉ、何があったのか、今度じーーーーっくり聞かせてもらおうか、で、何? なんか用? 副社長サマ、事務屋は忙しいから手短にね」

「こないだのヴィーブルとのミーティング、仕組んだのはお前だろ」

 食事の手を止めて、拓武が背もたれに体を預けた。
 新浦はギクリとしたあせりを浮かべて、後ずさる。

「えー? 逸生じゃない?」

 気まずそうに新浦が視線を反らす。

「違うな、逸生だったら自分で行くと言うはずだ」

 拓武は今度は足を組み、片方の足をぶらぶらさせながら続ける。

「逸生に、俺が行った方がいいと言って、諸々調整したのはお前だ、月曜の朝一の朝礼に社長がいないのはまずいとか言って、違うか?」

「……お見通しか……」

 ため息をついて、観念した様子で新浦は『作業場』の、来客用の椅子に腰掛けた。

「僕はあやまらないからね、とっとと行動に出ない君が悪い」

 開き直って新浦が続ける。

「社内での恋愛でくっついたり離れたりして情緒不安定になられるの、僕嫌いだって知ってるでしょ? 就業規則に盛り込むわけにもいかないし、社内の雰囲気を維持する為に、多少暗躍するのは目をつぶってほしいな」

「……けど、彼女は傷ついた」

「でも、ちゃんと君がフォローしたし、結果的にはうまくいったんでしょ? 顔を見ればわかる」

 拓武は赤面し、二の句が継げなくなった。

「あー、もうこれ以上はシラフじゃやってられないんで、また今度……っても、しばらくは無理かなー? 仕事以外の時間は彼女と一緒にいたいだろうし?」

「本っ当に性格最悪だな、お前」

「今更でしょ? 人事担当は冷徹、クールな情緒に流されない鬼のような人間が合ってるって言ったのは君と逸生だよ」

「で? 用件はそれだけ? じゃあこれで失礼させてもらうから」

 立ち上がり、出て行こうとして最後、捨てゼリフのようにして新浦が言った。

「あ、あと、社内の男性陣が芦名さんにちょっかい出すんじゃないかって不安になって仕事のクオリティが下がる前にとっとと結婚なり婚約なりしてよ、んじゃーねー」
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