転職先の副社長が初恋の人で餌付けされてます!
 そこは、門構えからして高級そうな和風のたたずまいの店だった。店名が掘られた木製の看板。盛り塩のある入り口を抜け、すたすたと先に進む拓武の後ろを見失わないように李江が着いて行く。

 靴を脱ぐと、すかさず、従業員だろう、和服の女性が下足入れにしまってくれた。先導する従業員が、二人を案内した先は、階段をあがった個室だった。
 こじんまりとした掘りごたつ席の京間に、勧められるがままに腰を下ろすと、拓武が向かいに座った。

「ゴメン、時間があまり無いから、予約の時にもう注文してあるんだ、……好き嫌いは、なかったよね」

 面接の時に会った時同様、拓武の身なりはくたびれているが、エスコートする様はスマートで、手慣れている印象を受けた。

 並べられた料理は、見た目にも美しい先付けや、丸茄子などの冷やし鉢。鶏肉メインの御膳は、どれも美味しそうだった。

「……就職おめでとう」

 にっこりと、笑う顔は、十年前と少しも変わらないように思える。

「あ、あの……」

 どうして、とか、色々聞きたいことがあり、思わず李江は尋ねようとしたが、

「まあ、まずは先に、食べよう、俺、腹へっちゃって、朝から何も食べてないんだ、というか、昨日の昼以降何も? かな?」

 朝から姿が見えなかったのは、引きこもって仕事をしてるせいだと、拓武は言う。

「家に帰っても特にする事もないし、没頭すると時間を忘れちゃうんだよね、さすがに今日は帰らないと……だけど、ささ、食べて食べて」

 勧められるがままに、先付けを箸で摘んで口をつける。

「……美味しい」

 思わず李江が顔を輝かせると、

「あー、よかった、口に合って」

 ほっとしたように、拓武はガツガツと食べ始めた。胸のすくような食べっぷりに、昨晩から何も食べていない、というのがよくわかる。
 もしかして、だから胃にやさしいものにしたのかな、と、水炊きを給仕しながら李江は思った。

 店の様子からいっても、絶対高価なはず、と、身構えていたが、既に会計をすませたのだと、拓武が言い、二人は食事を終えて店を出た。

「すみません」

 李江が言うと、

「そこは、ありがとう、って言って欲しかったな、今日はおごり、入社祝いって事で」

 李江としては、もう少し色々聞きたい事があったのだが、拓武はコーヒーショップに寄ると言って、最後は一人で帰された。二人そろって会社に戻る事を避けたのかもしれない。

 李江は困惑する。拓武から見ると、自分は昔の知り合いのお嬢さん、とか、そんな感覚なのだろうか、と。
 では、面接の時の質問の意図はなんだったのだろう。しかし、勤務時間中に拓武と会う事は無く、休憩スペースにも拓武は滅多に顔を出さないらしい。
 新しい職場で、覚えなくてはならない事が山ほどあるというのに、いつまでも過去にとらわれてはいけない、と、理性ではわかっているが、真意をはかりかねる拓武の行動に、李江はとまどうばかりだった。
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