『来年の今日、同じ時間に、この場所で』

真実

透き通った白い肌に
折れてしまいそうな細い腕
花音さんのその風姿は
女の私から見ても守ってあげないと壊れてしまうんじゃないかと思ってしまう。

よくある恋愛ドラマにおけるヒロインのライバルだったら、誰もが気付かないように良い子だと見せかけといて意地悪な奴だったりするけど…

彼女はそれとは違っていた。

本当は、そうであって欲しかった。
意地悪な奴だったら
きっと私はまだ頑張れるはずだったから…

「真凛さん、会いに来てくれてありがとう」
ニッコリと優しく笑う彼女の顔の左側はケロイドの様な傷痕があり口元は右側だけは
笑っているけど左側の表情筋は動かない様だった。

「こちらこそ急に押しかけちゃって
ごめんなさい。」

初対面の一言目がそんな感じになるとは予想もしなかったから少し引きつっていたかもしれない。

「真凛さんが、ここに来た理由、だいたいの見当はついてます。
まず、言わせてください!」

どんな話しかけ方をして、
どんな事を聞こうかなんて整理がついてなかったけど、私から話を持ちかけないといけないと思ってたから、思わぬ展開に何も言い出せずにいた。

「ごめんなさい。」

「…え?」

彼女とは初対面なのに、なぜ謝られるのか
わからなかった。

「私は、嘘をつきました。ごめんなさい」

唐突に彼女は言った。

「ベンが大切に持っているシャーペンは
真凛さんのシャーペンですよね?
篤志くんが来て全部聞きました。」


弱々しい外見とは違って凛とした表情で
ひとつも涙も溢さずに
まるで何かを覚悟したかのように
彼女は話し続けた。

「あの事故が起きた日。
ベンが車に跳ねられそうになって
車がハンドルを切った反対側に私がいた。
そう聞いてると思います。
でも…本当はそうじゃない。」

「え…」

「本当は、車に跳ねられそうになった私を
ベンが助けてくれたんです。」


彼女はそのまま事故の真実を話してくれた。
目の前で話されている内容が現実味がなさ過ぎて昼ドラのあらすじでも聞かされている気分になった。


事故の加害者は彼女の父親の愛人。
別れ話に逆上した愛人が娘の花音さんを事故と見せかけて無理心中させようとしていたらしい。

たまたまその場所に遭遇したベンが 自分の体を張って彼女のことを守った結果
彼女は顔への傷痕と下半身麻痺、
ベンは片足に若干の麻痺という後遺症というカタチで大事には至らなかった。

本来なら事件として取り扱われたはずが
記憶を失くしたベンを利用し、
彼女の父親が大企業の社長ということで経営不振になるのを恐れ事態を揉み消した。
事故として処理されたこの事件を知るのは
彼女の父親と加害者と彼女だけだった。

一般家庭で育った私には
こんなことが曲がり通ってしまうことすら
信じられなかった。


事故後
真実を知らないまま対面したベンと花音さんは年齢も同じということで何度もリハビリで会ううちに仲良くなった。

彼女が真実を父親から聞かされたのは
ベンとリハビリ以外の場所でも
会うようになってからだった。

「気がついた時には、
ベンの事が好きになっていて、
彼の人生を変えてしまった真実を
今更言い出せなくなってしまったの。」

両手で頭を抱え話す彼女の手は震えていた。

「そして、真実を知らされる前にベンが私にずっと話してくれていたコト…」


ドクン、ドクン。心臓が喉から出そうになる


「本当に大切な人と何か約束をした気がするんだけど何も思い出せないんだ。
でも、きっとこのシャーペンはその人のだと思うんだよな…

…て、ベンが良く言ってた。」


細くて華奢なその手からは想像もつかない程の力で私の手を握りしめた彼女は、
深々と勢いよく頭を下げた。

「そのシャーペンは…私のだよ。
て、言ってしまったの…ごめんなさい。」

私は彼女の下げた頭を
ただ見つめることしか出来ずにいた。

「そう私が言うとね…
ベンがとても晴れやかな顔して
笑ってくれたの。
今でも忘れない。

【キミが俺の大切な人だったんだ】て
満面の笑みを浮かべて言ってくれたの。

あの頃はそれが嬉しくて…
ベンの記憶を失くした不安も
私が取り除けた!ベンからの愛情も受けた!
あの時は、そう思ったの」



彼女の話す内容が途中からうまく理解することが出来なくなっていっていた。
私は必死で聞こうとしても
彼女の話す言葉に追いつくのが大変だった。


「花音さん?ひとつ聞いてもいいですか?」

私が問いかけると彼女は下げていた頭を元に戻し、ゆっくりと「はい。」と答えた。


「今になって…どうして真実を私に話してくれたんですか?」

「もう…
毎日苦しむベンを見たくなかったから。
あの頃は私が大切な人だと
本当に信じてくれていたと思う、
でも多分…
今はそう思ってないと思うから。」

「どうしてわかるの?」

「愛してるから、
皮肉な話しだけど、愛してるからこそ
毎日見ていればわかってしまうの」


「その話、ベンはもう知ってるんですか?」

「ううん。これから話すつもり」

彼女はそう言うと優しく笑った。




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