ブーケ・リハーサル
「分かりました」
「高山さん、私からも一つ」と、田中さんが言う。田中さんは前を向いたまま話し始めた。

「奥様はガーデニングが趣味だそうです。あと日本の夏が嫌いだと聞いています」
「今、奥様の嫌いな夏ですよね」
「そうですね。もしかしたら、少々不機嫌かもしれません。気を付けてください」
「はい」

 不機嫌な人と打ち解けるって無理じゃない。新米の秘書にそんな高度なことを言わないでほしい、と思う。

 変な緊張と妙なプレッシャーを感じながら車は料亭に着いた。

 料亭は緑に囲まれている。お寺や神社にある庭園を彷彿とした。よく食事を食べる所にこんな大きな庭園を造ったと思う。

 案内されたお座敷には、まだ誰も来ていない。下座に座り、社長と奥様が来るのを待った。

「いや、お待たせしました」

 流暢な日本語で社長がやって来た。その後ろには奥様がいた。顔を見ると不機嫌ではないが、機嫌がいいとも言えない表情だ。

「久しぶりだね」と言って社長と副社長が握手を交わした。その流れからそれぞれ挨拶を交わし、席に着いた。

 運ばれてくる食事を食べながらの会談。話は重たい雰囲気ではないが、言葉の裏にはお互いの思惑が見え隠れする。そんな中で食べる食事は純粋に美味しいとは言えなくなる。
< 31 / 58 >

この作品をシェア

pagetop