ブーケ・リハーサル
 こっちは、食後に奥様と打ち解けるというミッションがある。味なんて気にしていられない。

 デザートも食べ終わり、社長と副社長が本格的にビジネスの話へ持っていこうとしている。ここがタイミングだろう。

「奥様、一緒に庭園を散策しませんか?」

 私が突然、フランス語で話し始めたことに奥様が驚いた顔をする。

「あなた、フランス語ができるの?」
「はい。日常会話程度ですが」

 社長は英語で「二人で見てくるといい。ここの庭園は素晴らしいよ。君もきっと気に入るよ」と言った。

 私が副社長を見ると、目でうまくやってきなさいと言われたような気がした。

 奥様を連れて、庭園へと足を向けた。木々があるため木陰ができていて、比較的涼しかった。

「あなた、どこでフランス語を学んだの?」
「祖父の古い友人がフランス人なんです。その人に教えてもらいました」
「そう。とても綺麗な発音ね」
「ありがとうございます」

 奥様は庭園に植えられた木々を見ながら、ハンカチで汗を拭った。

「日本の夏は湿度が高いわね。この暑さには慣れないわ」
「日本人でもこの暑さで体調を崩す人もいますから、海外から来た方は辛いですよね」
「ええ。夏だけフランスに帰ろうかと何度も思いました。でも主人と離れる気にもなれなくて」
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