マリンシュガーブルー

「それでもなあ。あの人がコンビニ弁当で済ますなんてイメージ湧かないんだよな。なんか……仕事も丁寧そうなもの感じるんだよ」
「字が綺麗というだけで、宗佑がイメージしているだけでしょ」
「喋る言葉も丁寧で優しい感じだったよ。顔は怖いけどさ……」

 その後、姉弟揃って心の中で呟いただろう。『でも、入れ墨に傷跡があるんだよね』と。そこはもう言葉に発して出したくなくなっていた。少なくとも美鈴の場合は。宗佑も同じだと思っている。

 あの人がヤクザでなければいいのに。何度もそう思って願って、でも、『タトゥー』というファッションとは言い難い模様があったから逃れられない。

 それでもいいから。食べに来て欲しい。そこは目をつむって、お客様として待っている。
 彼のジャケットの匂いを美鈴は覚えている。汗と体臭が沁みた男の匂い、仕事で着古している匂い。

 ネクタイもしていない、頼りない衿とか。スーツ姿なのにどこかくたびれている、おおよそオフィスにいるビジネスマンではない風貌の、男臭さ。ほこり臭さ。

 それでも品の良さがあるのはどうしてなのだろう。ヤクザさんも上下関係が厳しく、礼儀を重んじるから、教育されて培われたものなのかもしれない?

 雨足が強くなってきた。そのせいか、女の子達もお喋りを切り上げる時間が早い。いつもより早い時間帯で二組とも精算を終え出て行った。

「今日はこれが最後かな。少なめに仕入れておいて正解だったな」

 でもあの人が来るかもしれない。だからなのか、弟はブイヨンを温めている寸胴鍋の火をまだ落とさない。
 ラストオーダーの時間まで待っている。それでもあまりにも人が来なければ、早々に閉店するのも経費節減だった。
< 35 / 110 >

この作品をシェア

pagetop