マリンシュガーブルー
 事件から一ヶ月、なんとか少しずつお客様が戻ってきた。気のせいか、それまで見なかった雰囲気のお客様も増えた気がする?

 店のセキュリティを強化し、専門会社との契約も見直した。あのような事件が起きたので、しばらく警察の監視もあってか、かえってもう不審者も近づけないだろうと笑い飛ばしてくれるお客様もいた。トラックドライバーのおじさんに限っては『なんかあったの。知らなかった』と、後から他のドライバーからの情報で知ってびっくりしたけれど、俺は来るよと言ってくれた方もいた。

 なんとか元に戻ってほっとしている。

 秋には義妹が出産予定。大野家の若い三人家族は目下、赤ちゃんを迎えることで頭がいっぱいになってきた。
 美鈴も楽しみにしている。かわいい甥っ子ともうすぐ会える。義妹の莉子と一緒にベビー服の買い物をしたりして楽しい気持ちも戻ってきた。


 ただ。夜、部屋でひとりきりになると。夜の凪いでいる港をみつめ、柔らかくて湿った潮風の匂いの中、そっと思い返している。

 海の匂いに混じって、彼のジャケットの匂いがする。

 あのジャケットは警察に押収されてしまったため、美鈴の手元には残らなかった。男の指紋があるだろうからと鑑識と刑事に持って行かれたが、その時ひっぱって取り返したい気持ちに駆られた。私の身体を労ってかけてくれた彼の優しさだから、それは私のもの。しかしそれを言うこともできなかった。

 指紋を採取され、彼はもう犯罪者として、よくある警察のデーターベースに登録されてしまったのだろうか。かえって、あのジャケットのせいで彼の立場を悪くしてしまった気がしていた。

 取り返せば良かった……。必死に。でもそうすると、美鈴も彼の仲間として疑われたのだろうか? あの時は警察のいいなりになってしまい何もできなかった。
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