マリンシュガーブルー
12.寅ちゃんはどこ?
 その人は、夏の夕、薄紫に空が暗くなるころ、姿を見せた。
 広島市内、閑静な住宅地にある綺麗なマンション。夕闇に紛れるようにマンションの自動ドアへと向かっていく。

「尊さん」

 女の声に男が歩く足を止めた。そのまま、じっと立ち止まっている。しばらくして、ゆっくりと彼が振り返った。
 濃紺のシックなワンピース姿でそこにいる美鈴へと視線が止まる。

「え、え、? ど、どうして?」

 目をまん丸に見開いている彼が唖然としている。
 きっと絶対にばれない、彼女がここを知るはずもないと思っていたのだろう。

 そして彼はさらに気がついた。

「と、と、いうことは、俺が……、実は……」

 驚愕がやまぬ彼に、美鈴から告げる。

「富樫 尊さん 広島県警の警部補で刑事さん」

 ヤクザと銃撃を交えた冷徹で厳つい男が『うそだ、なんでだ、どうしてだ』とあからさまに慌て挙動不審になっている。
< 88 / 110 >

この作品をシェア

pagetop