気高き国王の過保護な愛執
「そういうものみたいよ。生活もできるし常識も欠けていない。知識もある程度残っている。だけど自分のことや体験した出来事は、すっぽり抜け落ちてしまうんですって」

「性格や嗜好なんかは、どうなんだろう」

「わからない」

「まやかしみたいだな、今のぼくは」

「そんなことないわ」


ルビオの声音に、常には聞かれない不安が混ざっていた気がして、フレデリカはきっぱりと言った。


「少なくとも、ひとりの人間から記憶が消えただけで、まったく別の人間ができあがるなんてこと、ないと思うわ」

「そうかな」

「そうよ」


疑わしげに眉をひそめるルビオの手を握った。


「あなたのまっすぐさとか朗らかさとか、鷹揚で人を責めないところとか、好きよ。そういう気持ちよさは、あなたのものだわ。記憶があろうがなかろうが、そこが変わるわけない。あなたはあなたよ。ちゃんとここにいる」


ルビオの瞳が、じっとフレデリカを見つめた。力なく、握られるに任せていた手が、ぎゅっと彼女の手を握り返す。

本を棚に戻し、ルビオは寝台の上で、身体をこちらに向けた。寝藁の上に敷いたシーツに頬をもたせかけていたフレデリカと、触れそうな距離に美しい顔が来る。


「ラ・セバーダってなんだい」

「…その年の豊穣を祈るお祭りよ。麦の種を撒く時季が来たら行うの。丘の上に、昔の神殿の広場があるの。そこに大きな篝火を焚くのよ」

「さぞ豪壮で壮麗な眺めだろうな」

「王城からも見えるんですって。私が生まれる前の話だけど、ものすごく大きな篝火を作るのに成功した年、突然王様から褒美が贈られてきて、びっくりしたんだそうよ」

「へえ、今年もできるかな?」


わずかに微笑む青灰色の瞳が、自分を捉えて離さないので、フレデリカは焦り、早口になった。


「どうかしら。この地域は、祭壇を作れるような若い人たちが減ってるの。みんな仕事を求めて、都市に出ていってしまうから」
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