気高き国王の過保護な愛執
「王城の下を流れる川だろう。あの川は、きみの村に続いているよね」

「もう考えるのはやめて、休んだほうがいいわ」

「必死で走って、水を掻いて、逃げた感覚がある」

「ルビオ…」

「手足に残ってる…」


だらりと垂れた腕の先、指を動かすくらいが限界だが、たしかにそこには、かつてもがいた感触が刻み込まれている。

なにから逃げていたんだろう。


「ごめん、もう遅いね、リッカは部屋へ戻って」

「立ち上がれもしないくせに、なに言ってるのよ」

「いいから戻ってくれ!」


フレデリカの身体が、びくっと緊張したのがわかった。顔を見たいが頭を上げる力がない。

衣擦れの音をさせて、すぐそばにあった気配が消えた。

ルビオは感情の抑えがきかない自分を恥じ、泣きたくなった。


「リッカ、ごめ…」


ふ、と懐かしいにおいが鼻をかすめた。どこかへ行ったと思った気配がまた戻ってきて、フレデリカの顔が視界に入ってくる。

彼女の指が、ルビオの首筋をなでた。先ほどのにおいが強まった。


「これ…」

「覚えてる? あなたの肩の傷に、毎日塗ってた膏薬よ」


そうだ。

とたんに記憶が溢れてくる。温かい家と、畑の土と、農具のかさついた木製の柄。


「ハーブティーより効くんじゃないかと思って」

「さすがリッカ」


力なく笑ったルビオに、フレデリカもにっこり微笑み返した。

こわばっていた身体がほどけ、神経が静まるのを感じる。香りというものの効果を、昔フレデリカはルビオに教えたが、ここまで身をもって実感したのは初めてだった。
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