元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
出海君の朝は早い。
うちの会社は、役員の会議や読書会を、一般社員の出勤前にやっている。
出海君が颯爽と出かけていった後、朝ご飯を食べて、後片付けをして、洗濯物を干して。
あらかた家事と身支度を済ませてしまっても、出勤時間にはまだ30分ほど余裕がある。

少し考えた末、ヴァイオリンケースを開けた。
基礎練と、苦手な箇所をさらうくらいはできる。




出海君の家で暮らし始めて、同居とはいえ、家で一緒の空間にいるのはそれほど多くないということがわかってきた。
朝は出海君が食事をしている間、キッチンにいて、たまに業務的な会話を交わすだけ。
出海君の帰宅時間は遅いから(会社で仕事をしているわけでなく、外部で人と会ったり色々用事があるらしい)、帰宅後晩御飯を出す時に少し顔を合わせるだけ。私は晩御飯の配膳をしたら自室に引っ込む。

そのことに少しほっとした。




そうして水曜日。
夜はオケの練習があるから、本来の私の家に戻る。

出海君は、いつものように朝ご飯をきれいに平らげて、カフェオレを飲みながら言った。

「今日は僕が行ってらっしゃいを言う番ですね」

「……頑張ってきます」

「その様子ならきっと大丈夫ですよ」

出海君は自分の顎の奥、耳の下の骨を指でトントンと叩いた。

ヴァイオリン痣ができる部分。
私の痣は、土曜日から4日間だけど毎日弾いたから、若干濃くなってる。

……よく見てるな。

感心するやら、恥ずかしいやら。
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