ひとはだの効能
「ここ遊馬くんのお店だったのね。全然気がつかなかった」
「俺も、香澄さんの名字知らなかったからびっくりしたよ。ここ、どうぞ」

 カウンター席に座るよう促すと、香澄さんは腰を下ろしきょろきょろと店内を見回した。

「オープンはいつだったっけ?」
「九月頭の予定。工事は一通り済んだから、今はメニュー考えたりしてる」

 淹れたての珈琲を勧めると、香澄さんは「ありがと」と言って笑みを浮かべた。香澄さんが笑うと、右頬にだけえくぼができる。一瞬、三年前に戻ったような錯覚に陥った。

 香澄さんは、俺が以前勤めていたカフェ、Euphoria(ユーフォリア)の常連だった人だ。職場が近かったらしく、毎日のように通ってくれた。

 それなのにこっちにまで営業に来るということは、香澄さんも都内の職場から異動になったということだろうか。

 自分には先ほどブレンドした紅茶を淹れ、香澄さんの隣に座る。異動のことを訊いてみようと隣を窺うと、香澄さんが何かを確かめるように俺の顔を見つめていた。

「ねえ、遊馬くん。あれからどうしてた?」

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