ひとはだの効能
「どうって……別に普通ですよ。ずっと開店準備で忙しかったし」
「本当に?」

 そう言って、香澄さんが上目遣いで俺を見る。黒目がちな大きな目に、何もかも見透かされそうな気がして思わず目を逸らした。

「……それを言うなら香澄さんだって。あの日、全然普通じゃなかったでしょ」

 俺の切り返しに、今度は香澄さんの方がぐっと声を詰まらせた。

 二か月前、前の職場の雇い主だった夕さんと俺の後輩、祈ちゃんの結婚式があったあの日。二次会が終わったあと立ち寄ったバーで、俺と香澄さんは偶然居合わせた。

 カウンター席に並んで座り、二人して競うように酒を飲んだあと、店を出て、そのまま停車していたタクシーに乗り込んだ。

 適当な街で降りて、言葉も交わすことなく目に付いたホテルに飛び込んだ。

 酔っていたのと、むしゃくしゃしていたのと相まって、かなり無茶な抱き方をしたのは覚えている。

 でも荒れていたのは俺だけじゃない。

 香澄さんの方だって、まるで壊してくれとでも言うようにいつまでも俺のことを求め続けた。

 三年ぶりの再会を果たしたあの夜、明らかにいつもと様子が違ったのは、間違いなく香澄さんの方だった。


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