亡国の王女と覇王の寵愛
「……」
警戒を解こうとしないレスティアを見て楽しげに笑い、彼は机の上に置かれていた本を一冊手に取る。
「あなたには妻がいるのでしょう? それなのに、どうしてあんな……」
口づけをされたことを思い出し、思わず声を荒げると、ジグリットは驚いたように目を見開く。
「妻? 俺に?」
「ええ。ミレンに聞きました。ここは読書好きの王妃のために作られた、特別な場所だと」
自分だったら許せないだろうと、レスティアは思う。そんな特別な場所に他人を、しかも女性を入れるなんて。
「ああ、そうだ。ここは特別な場所だ」
いつも強い光を湛えていたその目が翳り、ジグリットは過去を懐かしむように部屋の中を見渡す。
不意打ちのように見せられたその表情に、胸の奥がずきんと痛んだ。
この痛みは何なのだろう。
(こんな顔をするなんて……)
傲慢な男だとばかり思っていたのに、こんなに寂しげな顔を見せるとは思わなかった。
「ここは俺の父が、母のために作ったものだ。だがふたりとも、もういない。ここは、主のいない城のようなものだ」
(先代の国王?)
世情に疎いレスティアだったが、ヴィーロニアの国王が変わったのは五年前だというのは知っている。前王の死が、あまりに突然で不自然だと噂になったからだ。
新王ジグリットが父である前王を排除して王位に就いたのではないか。そんな話さえ、耳にしたことがある。
この大陸で信仰されている宗教では、親殺しはあらゆる罪の中でも最も重い罪だ。その罪を犯した者は、どんなに善行を積んだ者でも、必ず地獄に落ちると言われていた。だからこそそれを聞いたときにはレスティアも、見たことのないヴィーロニアの国王であるジグリットに不快感を抱いたのだ。
(でも……)
レスティアは目の前に座っているジグリットを見つめる。
彼は本当に自らの父を殺して王位に就き、さらにグスリール王国にも侵攻してレスティアの両親を殺したのだろうか。
人を殺すような人間は、普通ではないとレスティアは思う。きっと見るからに歪み、荒んだ目をしているだろう。
警戒を解こうとしないレスティアを見て楽しげに笑い、彼は机の上に置かれていた本を一冊手に取る。
「あなたには妻がいるのでしょう? それなのに、どうしてあんな……」
口づけをされたことを思い出し、思わず声を荒げると、ジグリットは驚いたように目を見開く。
「妻? 俺に?」
「ええ。ミレンに聞きました。ここは読書好きの王妃のために作られた、特別な場所だと」
自分だったら許せないだろうと、レスティアは思う。そんな特別な場所に他人を、しかも女性を入れるなんて。
「ああ、そうだ。ここは特別な場所だ」
いつも強い光を湛えていたその目が翳り、ジグリットは過去を懐かしむように部屋の中を見渡す。
不意打ちのように見せられたその表情に、胸の奥がずきんと痛んだ。
この痛みは何なのだろう。
(こんな顔をするなんて……)
傲慢な男だとばかり思っていたのに、こんなに寂しげな顔を見せるとは思わなかった。
「ここは俺の父が、母のために作ったものだ。だがふたりとも、もういない。ここは、主のいない城のようなものだ」
(先代の国王?)
世情に疎いレスティアだったが、ヴィーロニアの国王が変わったのは五年前だというのは知っている。前王の死が、あまりに突然で不自然だと噂になったからだ。
新王ジグリットが父である前王を排除して王位に就いたのではないか。そんな話さえ、耳にしたことがある。
この大陸で信仰されている宗教では、親殺しはあらゆる罪の中でも最も重い罪だ。その罪を犯した者は、どんなに善行を積んだ者でも、必ず地獄に落ちると言われていた。だからこそそれを聞いたときにはレスティアも、見たことのないヴィーロニアの国王であるジグリットに不快感を抱いたのだ。
(でも……)
レスティアは目の前に座っているジグリットを見つめる。
彼は本当に自らの父を殺して王位に就き、さらにグスリール王国にも侵攻してレスティアの両親を殺したのだろうか。
人を殺すような人間は、普通ではないとレスティアは思う。きっと見るからに歪み、荒んだ目をしているだろう。