亡国の王女と覇王の寵愛
(ジグリットにも相談したい。でも……)
 ディアロスとイラティはまだこの国内に潜んでいるようだ。
 彼はずっとその問題に掛かり切りのようで、忙しいというのもただの口実ではないのだろう。
 国境の守りは固く、ろくな武器もないふたりが突破できるようなものではない。
 天候も日に日に悪化している。
 ふたりがどんな生活をしているのか気がかりだった。
 イラティのためにも投降してくれたらいいと思うが、ディアロスの真の姿を知った今となっては、それも難しいだろう。
 焦っても仕方がない。
 図書室で勉強をしようと、レスティアはメルティーを伴って廊下に出た。
 ひんやりとした冷たい空気が身体を包み込む。
 窓から空を見上げると、まるで羽のような雪がふわふわと舞い降りる。その光景はとても美しいが、きっと外に出たら身も凍えるくらいに寒いのだろう。今までこんな天候の中に出たことがないだろうイラティの身を案じて、思わず立ち止まる。
(イラティ様……)
「レスティア様。廊下は冷えますから」
 傍に付いてくれているメルティーにそっと促され、頷いて歩き出す。
 図書室にはいつものようにミレンがいた。
 ここ最近はずっと、宗教関連の書物を読み漁っているようだ。レスティアの姿を見つけると彼女は立ち上がり、本の保存状態を気にして消していた暖炉に火を灯す。
「今日は一段と冷えますね。お変わりありませんか?」
「ええ、大丈夫です」
 軽く挨拶を交わして、それぞれ読書にいそしむ。
 まだ空気の冷たい室内。メルティーはレスティアの肩に柔らかくて暖かい上着を掛け、背もたれにクッションを置くと、静かに図書室を出て行った。また後ほど迎えに来てくれるだろう。
 頁を捲る音と、暖炉に火が燃えている音だけが響く静かな部屋の中。
 ふと読書の手を止めて、レスティアは広い図書室を見渡す。
 思ったのは、ジグリットのことだった。
 ここを特別な場所だと言っていた、寂しげな顔を思い出す。夜の中庭で、祈りを捧げるように月を仰ぎ見ていたあの姿を思い出す。
(会いたい……)
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