イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
「これほどの作品を描ける画家から絵筆を奪うことはできないな」
えっ……
絵を食い入るように見つめる社長の姿を微笑みながら眺めていた淡いピンクのワンピースを着た女性が大きく頷く。
「そうよ。絵画界にとっても、絵に携わる仕事をしているあなたにとっても、大きな損失になるわ」
物怖じすることなく社長に意見する女性に私の目は釘付けになり、この女性は誰なんだろうという疑問が湧いてくる。だが、その疑問は強烈な衝撃と共に明らかにされた。
「希穂、この人は俺の母親だ」
「ええっ! 零士先生のお母さん?」
なんで? どうして零士先生のお母さんがここに居るの?
零士先生のお母さんは年下の男性画家と駆け落ちして行方不明だったはず。それに、社長は今でも自分を裏切ったお母さんを憎んでいたんじゃあ……
画風が似ているってだけでArielをお母さんだと思い込み、個展を開くのも大反対していたのに、この仲良しこよし状態はどういうこと?
「実はな、このふたり、寄りを戻すことなったんだ」
予想外の展開に口をあんぐり開け絶句していたら、零士先生が呆れ顔でため息を漏らす。
「それと……希穂、お前、親父の所に怒鳴り込んで、そこでも妄想を炸裂させたらしいな」
「妄想……?」
あの時、私は零士先生と薫さんの仲を認めて欲しくて夢中で社長室に駆け込んだのだけど、既に社長はふたりを認めていて私は余計なお節介をしたと後悔したんだ。
「親父と希穂の会話は奇跡的に噛み合ったみたいだが、実はふたりは全く違う内容の話しをしていたんだ」