イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】

しかし零士先生を手放すのだけは耐え難く、零士先生も一緒に連れて行きたいと社長に懇願したが、どうしても許してもらえず、結局、泣く泣く家を出た。


けれど零士先生とお母さんはこっそり連絡を取り合っていたんだ。


「だから絵画留学をすると決めた時、留学先をお袋が居るパリにしたんだ。で、お袋が准教授を務めている大学に入り、また一から絵を学んだ」

「えっ? ちょっと待って。ということはつまり、零士先生のお母さんは……」

「そう、俺がパリの大学で師事したのは、お袋だ。ちなみにArielの飼い主はお袋だよ」


はぁ~そうだったのか……


「元々、俺は抽象画を専門に描いていたんだが、お袋の影響で詳細な人物画を描くようになった。お袋の絵を何枚も模写していくうちに画風が似ていき、それが親父の誤解を生むきっかけになったんだ」


なるほど。そういうことなら、社長がお母さんの絵だと勘違いしたのも分かる気がする。


「でもそれは、愛情の裏返しでもあったんだ……」


社長は口ではお母さんを憎んでいるようなことを言ってたけど、本当はお母さんに未練タラタラだったらしい。


先日の健康診断で糖尿のケがあると診断されてからは気弱になり、寂しさから零士先生をしょっちゅう自宅に呼んでは昔話をしていたそうだ。


「素直にお袋に会いたいと言えばいいものを……まるで拗ねた幼稚園児だ。だから俺がお袋に戻って来てくれと連絡したんだ」


お母さんも社長が病気だと知ると日本に飛んで帰って来た。要するに、ふたりは別れて十八年近く経った今でも、お互いを想い合っていたということだ。

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