イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】

その違いがなんなのか分からないまま、約束の日を迎えた――


昼過ぎに零士先生から届いたショートメールの内容は【午後七時、矢城ギャラリーに来い】だった。


どうして矢城ギャラリーなんだろうと不思議に思いながら七時までカフェで時間をつぶし、矢城ギャラリーに向かう。


そしてArielの個展が開催されるまでの間、ギャラリー内の掃除をする為に預かっていた鍵で玄関のドアを開けようとしたが、既に鍵は開いていた。


零士先生、もう来ているんだ……


暗い廊下を行くと少し開いた事務所のドアから明かりが漏れていて、ソッと中を覗くと零士先生が椅子に深く腰掛け煙草を燻らせているのが見える。その横顔は見惚れるほど綺麗で、思わず息を殺して見入ってしまう。


あの時と同じだ……十年前、初めて零士先生を見た時も私はこうやって彼に見惚れて胸を高鳴らせていた。


そんなことを思うとつい、零士先生との再会が今じゃなく、三年前、私が二十歳の時だったら……なんて考えてしまう。


もしそうだったら、私は彼を無条件で受け入れ再会を喜んだに違いない。だって、ずっと待ち続けた人なんだもの。でも現実は彼の記憶の中から私は消えていて完全に忘れられていた。


だから私も過去に決着を付け、零士先生を記憶から抹殺してただの会社の上司だと思うことにしたのに……


どうにもこうにも痒くてギュッと唇を噛め閉めると零士先生が私に気付き、ゆっくり立ち上がってこっちに向かって歩いて来る。そして私の目の高さまで体を屈めると頭をクシャリと撫でた。


あぁぁ……十年前の零士先生そのままだ……

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