イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】

ムキになって怒鳴るも、零士先生は呆れたように冷笑して私の背中を押す。


「なら、早く着替えてこい。時間が勿体ない」


仕方なく隣の洋間で着替えることにしたのだけど、ウエディングドレスを手にしたのは初めて。だからひとりで着ることができるのかと不安になる。


でも、渡されたプリンセスラインのオーガンジードレスは超シンプルで、ビスチェタイプなのに面倒なバックの編み上げがない。


「うん、いい感じ! ジャストフィットだ!」


ウエストの切り替え部分からふんわり広がったボリュームのあるスカートを持ち上げ、自然と顔がほころぶ。しかし残念なことにここには鏡がないからドレスが似合っているのかが分からない。


零士先生がどんな反応を示すか気にしつつ、恐る恐るドアを開けると待ち構えていた彼が何も言わず私をソファーに座らせ、後ろにまわっていきなり頭を撫でてきた。


ビクッと体を震わせ肩を窄めるも、零士先生は慣れた手付きで髪を束ねると今度は前に立ち、ポケットから何かを取り出す。


それは鮮やかな深紅の口紅。


えっ……と思った次の瞬間、真剣な表情の零士先生が鮮やかな深紅の口紅を私の唇に引き「こんなものだな……」って微笑んだ。


彼があまりにも無反応だから少々不安だったけど、その笑顔でホッとする。


でも、男の人に口紅を塗られるってこんなにドキドキするものなの?


まだ口紅を引いた感覚が残る唇を真一文字に結び俯くとキャンバスの前に座った零士先生がポーズの指示を出す。

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