可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
「三浦常務、馬鹿なんですか?これで契約したら、うちの会社、K貿易に乗っ取られますよ」
「乗っ取られる!?」


藤川さんの言葉に思わず大きな声を出してしまった
皆川部長はそれにも動じず藤川さんにどういう事だ?と聞いた


「ぶっちゃけ分かりやすく言います。F社がK貿易絡みで得た利益の8割は、K貿易のもの。F社が韓国で営業するときは、K貿易の言う事を聞くこと。K貿易が日本で営業するときは、F社は全面的にサポートすること。その費用はF社が負担すること。まだ色々ありますけど、最後に一言……」


藤川さんが言い澱む
清水さんも下唇を噛んで下を向いている
その2人の表情を見てなんとなく分かった


「私の事を書いてるのね?」


私の言葉に藤川さんは私を見て悔しそうに言った


「直接的には書いていませんが、ある条件をF社が呑めば、この案を始めから考え直すと……」
「そう」


部屋中に沈黙が流れる中、相川くんが低い声で言った


「誰がそんなことさせるかよ」


誰もが相川くんに注目する
でも相川くんは言葉を続けた


「木崎課長、もしかして今まで海外事業部が韓国企業と取引しようとする度、上手くいかなかったのは、三浦常務の差し金ではないですか?」


相川くんが木崎課長を見ると、溜め息をつきながら頷いた


「皆川部長、今まで断られた韓国の企業にもう一度あたってみましょう。本当はF社と取引したい企業はあるはずです。それでもダメな場合は、始めから探すしかありません」
「口で言うのは簡単だ。出来るのか?相川」
「やります。絶対に」


相川くんの強い言葉にみんなの空気が変わった


私もなんとかしなくちゃ……


「皆川部長、私は担当していませんがマーケティング部でも韓国の企業と関係している企業と取引しています。そこからなんとか、話を持って行きたいと思います」
「いいのか?進藤係長」
「はい。自分に降りかかってきた火の粉です。それを振り払わないほど、私は弱くありません」
「君らしいな」


皆川部長はふっと笑って、時計をると、もうすぐ19時になろうとしていた


「今日はみんな帰っていい。明日から忙しくなる。死ぬほど働いてもらうぞ」


みんな、はいと返事をして打ち合わせ室を出た


宮本くんと清水さんとマーケティング部に戻ろうとしていると、相川くんに呼び止められた
宮本くん達は気を利かせてくれたのか、先に戻って行った


「奈南美さん」
「ごめんね。色々」
「いえ。あの、今日……」


私は相川くんの手を握った


「今日、相川くんの家に行っていい?」
「え?」
「なんか、今日は1人になりたくなくて。お願い」


私が下を向くと、相川くんが私の首を撫でた


「今、そう言おうと思ったんです。じゃ一緒に帰りましょう。1階のロビーで待ち合わせでいいですか?」


私は笑顔で頷いた
相川くんも笑って、じゃ後でと海外事業部に戻ろうとすると、木崎課長が海外事業部から出てきた


「三浦常務が邪魔をしないように、俺も全力を注ぐから。でも最近は、俺が言うこと聞かないから三浦常務も用心深くなっててね、俺にも手の内を明かそうとしない。だから相川くん、絶対にやり遂げろ」
「分かってます。絶対に、三浦常務の思い通りにはさせません」


木崎課長はふっと笑って私を見た


「進藤係長も、あまり強がって1人で抱え込まないように。そんな事をして八方塞がりにでもなったら三浦常務の思うつぼだ。まあ、そうならないように相川くんが守ってくれるだろうけど」


相川くんは目を丸くして、木崎課長の言葉を聞いていた


「じゃ、お疲れ様」


木崎課長はそう言って去って行った


「あの、奈南美さん。木崎課長……」


何だか腑に落ちない顔をしている相川くんに、にっこり笑った


「後で話すから。早く帰ろう?」
「そうですね。また後で」


私達はそれぞれ戻って行った



マーケティング部に戻ると本田部長から、私と宮本くんと清水さんは、明日から海外事業部で仕事をするようにと、そして、明日までにはマーケティング部が取引している韓国と関係している企業のリストを作って渡すからと言われた


「各担当者には、最優先でその企業と交渉するように言っておく。何があったか知らんが、吉田社長直々に連絡があった。マーケティング部も全面的に海外事業部に協力するようにってな」
「社長からですか?」
「ああ」


本田部長は訳が分からんと首を捻っていたが、とりあえず明日からは迷惑をかけますと頭を下げて、帰り支度をして部屋を出た
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