可愛げのない彼女と爽やかな彼氏
結婚までの1週間
結婚式の1週間前、私は健次を会社に送り出した後、実家へと向かった
約10年前に家出同然で飛び出したきり、一度も帰っていなかった実家へ
ちょっと緊張しながらチャイムを押すと、佳苗さんが笑顔で玄関を開けてくれた


「まあまあお嬢様。チャイムなんて鳴らさずに入っていらっしゃればいいのに」
「佳苗さん。体調は大丈夫?もういいの?」
「ええ、おかげさまでもう大丈夫ですよ。南美さんが首を長くしてお待ちです」
「え?会社に行ってるんじゃないの?」


玄関で佳苗さんと話していたら、母がリビングから出てきた


「早く上がりなさい。何してるの?」
「お母さん。なんでいるの?会社は?」


私が聞くと、母はちょっとバツが悪そうな顔をして言った


「笠井さんに、あなたが1週間この家ににいるって言ったら、私にも休めって。まあ何かあれば会社に行かなきゃいけないけど……」
「そう、なんだ。笠井さんが……」
「そんなことより、荷物を部屋に置いて来なさい。あなたの部屋はそのまま残してるから」
「え?」


びっくりして母を見ると母はにっこり笑って言った


「お帰り、奈南美」


それは多分、初めて母に言われた『お帰り』
私は嬉しくて母に言った


「ただいま、お母さん」


そんな私達を見て涙ぐんでいた佳苗さんが、お茶をいれてくるからと台所へと向かった
私も荷物置いてくるからと、約10年前まで使っていた自分の部屋へと向かった
久しぶりに部屋に入ると、出て行った時のままの部屋だった


「ちゃんと、綺麗にしてくれてる」


二度と戻るつもりがなかったこの部屋に、戻ってくることになるなんて
しかも、母と和解するなんて
出て行った当時の私には考えもつかないことだった


「お嬢様〜お茶が入りましたよ〜」
「あ、は〜い。今行きます」


リビングへ入ると、お茶の用意をし終えた佳苗さんがリビングから出て行ったところだった


「佳苗さんも一緒にお茶すればいいのに」
「きっと気を使ってくれたのよ。奈南美、1週間の間、何か予定はあるの?」
「明日、友達とランチするぐらいかな?あとは特にないわ」
「友達って、祥子さん?」
「うん、そう。あ、この間の化粧品、すっごく喜んでた」
「そう、よかった」


母はちょっと考えてからこう言った


「ねえ、明日なんだけど、祥子さんうちに来てもらったら?確か、小さいお子さんいるんでしょ?ここなら、気兼ねなくご飯も食べられるし。ダメかしら?」
「え?でも」
「それと、ちょっと前に私の会社でエステサロンを立ち上げたの。もしよかったら、2人でエステ受けたらどうかしら?あなたも結婚式控えてることだし」
「エステ?お母さん、そんなこともしてるの?」


母は、ええそうよ?と得意げに笑った


「その間、お子さんは佳苗さんに見てもらうようにお願いしてくるわ。あなたも祥子さんに聞いてみてちょうだい」


母はもう決定事項だと言わんばかりに、佳苗さんのところに行ってしまった
私は慌てて祥ちゃんに電話して聞いてみたら、祥ちゃんは喜んでくれて、自分も何か一品作って持って行くねと言ってくれた
電話を切ると母が戻ってきた


「祥子さん、どうだった?」
「凄く喜んでた。エステなんて久しぶり〜だって」
「そう。良かった」
「佳苗さんは、いいって言ってくれた?」
「ええ、もう張り切っちゃって買い物に出掛けたわ」


2人で笑いあうと母が、ねえ奈南美?と言った


「なに?」
「結婚式の前日には、お墓参りに行こうと思うの」
「お墓参りって、お父さんの?」
「ええ」
「でも……」


私が母を見ると、大丈夫よとにっこり笑った


「志賀崎の……静香さんにはちゃんと話してあるから」
「え?お母さん、志賀崎さんに会ったの?」
「ええ。あなたが静香さんに会いに行った次の日にね。とても穏やかになっててびっくりしたわ」
「お母さん……」


私は穏やかな志賀崎さんにしか会っていないから分からないが、母が志賀崎さんにされたことを思うと今の志賀崎さんは想像も出来ないことだったんだろう


「先輩にもあなたがお嫁に行くことを報告しないとね」


そう言う母を見ると、左手の薬指に嵌められた指輪を撫でていた


「お母さん、その指輪……」
「この間、健次さんが渡してくれたものよ。流石に男物の方は大きくてね。あそこに写真と一緒に置いてるの」


母が指差す方を見ると、両親の写真とビロードの小箱が一緒に置かれていた


「ねえ、奈南美。もし私が死んだら、あの写真と指輪を、棺桶の中に一緒に入れてちょうだいね。お願いね」
「お母さん……」


そう言う母に、私はにっこり笑って頷いた
母も安心したように笑った
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