結論、保護欲高めの社長は甘い狼である。
仮説が実証されたら、だいたいは嬉しくなるものなのに、今は気持ちが重く沈み込んでいく。

そんな私にトドメを刺すように、綾瀬さんはきっぱりと宣言する。


「彼女を超えることはきっとできない。あなたにも……私にも」


最後のひとことは、目を伏せる彼女の口から力無くこぼれ落ちた。その美しい顔からは、いつの間にか笑みが消えている。

やっぱり、綾瀬さんも社長に想いを寄せているのだろう。でも、毎日社長のそばにいて、詳しい事情を知っているらしい彼女ですら、振り向かせることはできないというのか。

それほどまでに、社長の中に居座る存在が大きいのかと思うと、自分なんて見向きもされていないのだと自嘲的になる。

うなだれて、濡れたパンプスのつま先を眺めていると、綾瀬さんは口調を平静に戻す。


「さっき一緒にいた彼、研究員の氷室さんでしたっけ。だいぶ親しそうに見えたけど」

「いえ、その、親しいわけでは……!」


目線を上げた私は一応否定したものの、彼女は“真実はどちらでもいい”というような調子で、毅然と言い放つ。


「もしも他の男性にアテがあるなら、そちらへ行かれることをお勧めします」


胸が、錆びついた金属のようにギリギリと音を立てる感覚がした。

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