結論、保護欲高めの社長は甘い狼である。
綾瀬さんは氷室くんのことを言っているのだろうけど、私にとってのアテは葛城さんになる。どちらにせよ、社長以外の人を選んだほうがいい、ということだ。

天秤が、少し葛城さんのほうへと傾けられる。あとは、自分が納得すればいいだけ。……でも、それが一番難しい。

肩を落とす私に、綾瀬さんは軽く頭を下げてビルの中に戻ろうとする。

私は傘を手に持ったままだったことを思い出し、長い髪をなびかせる綺麗な後ろ姿に向かって、「綾瀬さん」と呼びかけた。

振り向く彼女に、傘を差し出す。自分のものを取りに行くつもりだったし、それに……私に向けられたものではない社長の善意は受け取れない。


「すみません、これはお返しします。せっかくなんですが、事務所に置き傘があるので大丈夫です、とお伝えください」


淡々と告げる私をじっと見据えたあと、彼女は完璧な秘書の笑みを作り、「わかりました」と承知して傘を受け取った。


少し時間を置いて綾瀬さんが去るのを見届けてから、私も研究課へ戻った。

色気のない無地の傘を差して、雷が鳴ることもなく静かに降り注ぐ雨の中を歩く。濡れた髪や服は乾いてきても、心は冷えたまま。

難解なだけならまだしも、胸に痛みまで伴うとは、恋愛の方程式は本当に厄介だ──。




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