結論、保護欲高めの社長は甘い狼である。
「“しゃ”?」

「あっ、しゃ……シャツ、やスーツにファンデーションついちゃってませんか!?」


私の口から咄嗟に出てきた言葉はこれだった。我ながらいいごまかし方じゃないだろうか。

一瞬キョトンとした社長は、「あぁ」と声を漏らすと、片膝をついたまま自分の胸元を見る。そしてふっと表情を緩め、魅力的な笑みを浮かべた。


「大丈夫ですよ、気にしないで」

「そ、それならよかったです。本当にすみませんでした! 失礼いたします!」

「あ、ちょっと……!」


バッグを掴んでサッと立ち上がり、ガバッと九十度のお辞儀をした私は、そそくさとその場から立ち去る。

なにかを言おうとしたような社長に構わず、トイレにも寄らずに、一目散にホテルから飛び出た。



「び……っくりした~」


ホテルから数十メートル離れたところで歩調を緩め、胸を撫で下ろした。

まさか社長に会ってしまうとは。でも向こうは気づかなかっただろうから、会社で会っても平然としていればいいよね。

淡いオレンジ色の光に包まれる海と大きな観覧車を横目に、桜木町駅に向かって歩きながら、つい今しがたの出来事を思い返す。

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