今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 翌日からアリーナは無理を言って厨房を貸してもらうことにした。
 ララに不審がられたが、怪しいことをする気は全くない。ただ、パンを焼きたかっただけだ。

 そういえば自分にできることはこれしかなかったと、そう思い出したのだ。大して自信があるわけでもないけれど、慣れたことをしていると少し落ち着く。自分を取り戻せる感じがする。

 最近、身の程を忘れてすっかり思い上がってしまっていたから。

「……何をやっている?」

 ララに聞いたのか、途中で覗きに来たカディスも不審そうに目を眇めている。

「何って、見ての通りパンを焼いてるだけですよ。食べます?」

 答えを聞く前にその口へちぎったパンを放り込んだ。驚いたように「むぐ!?」と珍しく間抜けな声を出したカディスだったが、口に入ってしまった以上どうすることもできずに咀嚼する。

「どうですか?」

 随分長い間黙っているので、流石に怒ったかと不安になり顔を見上げる。
 憤っているというよりは、思案しているような顰め面だった。

「…………不味い」

 それだけ言って、ふいとカディスが背を向ける。

 そりゃそうだ、とアリーナは大して気にもせず笑う。貴族が食べて美味しいものではないだろうから。
 ただ、あんなに考えたのならもう少し違う言い方をしてくれても良かったのではないかと頬を膨らませるアリーナだった。



 カディスとの2度目の外出の予定が入っている日。
 ララにふりふりとした可愛らしいワンピースを着させられた。自信満々に頷いてアリーナを褒めちぎって宥めすかしたそのララはというと、カディスを呼びに行っていて今はいない。
 じっと鏡を見つめて、思わずくるりと回って、アリーナは頭を抱えて真っ赤になった。

 ──これじゃまるでデートに行く前の年頃の女の子みたいだ。ただの視察、勉強なのに……

「おい」

「ひゃい!」

 変な声で返事を寄越したアリーナをカディスが胡乱な目で見下ろしていた。
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