今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
「これは、ララ様から預かったものです」

 封筒を手渡される。思っていたよりも重く、上からなぞってみると何か硬いものが入っているようだった。
 こんな時に彼女が残していったのだから、絶対に大切なものだ。もどかしく思いながら雑に封を切る。

 入っていたのはララの筆跡で書かれた手紙と、小ぶりなブローチだった。彫られているのは、おそらく双頭の鷲だろうか。見たことの無い、珍しい意匠だった。

 畳まれた手紙を広げる。

『陛下と共にありたいと願っていただけるのなら、これを持って十二の刻に国境の関所へ。その時間に城に向かう商人の馬車があるはずなので、それに同乗し、関所を通過してください。何か言われるようでしたら、常にこれを見せてください。これがあれば心配ありません』

 いつもより乱れた筆跡が続く。

『アリーナ様、申し訳ありません。どうしても、私はあなたたちを放っておくことはできません。どうか、私の我儘を許してください。
私は、あなた方には共にあっていただきたいのです』

 アリーナはブローチを拾い上げ、ぎゅうときつく握り締めた。

「セルジュさんもララさんも……どうしてこんなに私たちのことを気にかけてくれるんですか?」

「無償の優しさなどありません。ララ様も彼女自身のために動いているし、私に限っていえば、ただ、亡くなってしまった彼女のために動いているだけです。まったく、やはり貴女は、本質の部分で無垢過ぎる。人を穿って見るからこそ、誰より善意に飢えているようですね」

 セルジュは小さく息をつき、唇をゆるめた。

「そう、きっと私は……私と彼女を、陛下とあなたに重ねているのでしょう、ね」

 控えめに、口の中で転がされるひとりごと。

 一瞬の後、何も無かったように顔を上げると、いつかのように子供を見守るような慈しみの視線をアリーナに注いだ。

「選ぶのはアリーナ様、貴女自身です。喪ってしまえば戻らない、後悔は何の糧にもならない──アリーナ様は、それを知っているのではありませんか」

 まるで『あの子』のことを指しているような言い方に、アリーナは目を瞬いた。一体この人は、何をどこまで知っているのだろう。

 ──でも、おかげで決心がついた。

「私、行きます。あの人のところに」

「想われなくても?」

 試すように眇られたセルジュの瞳を見つめ返す。

「……それでも、」

 何もしないまま、カディスの訃報を待つだけの日々を送るのは、違う。

 十二の刻にはもう少し時間がある。支度をしなければ。

「ルーレンさん、厨房貸してください!」
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