今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 支度を済ませた後ルーレンに地図をもらい、関所まで辿り着く。当然のことだが通常は閉まっているらしく、屈強な兵士が何人も槍を構えて立っていた。

 もうすぐのはずなので馬車を待っていようと思っていたのだが、一人こんなところで立っているアリーナを不審に思ったらしく、すぐに兵士につかまってしまった。

「ここで何をしてるんだ。お嬢ちゃんが来て楽しいところじゃないぞ」

「私もここを通る馬車に乗るんです。ほら、私もパンを売りに行くんですよ」

 アリーナは大ぶりのかごを見せる。上手くいったと思ったのだが、兵士はますます顔を険しくして、更に応援を呼ぶとアリーナを取り抑えようとする。
 仰天したアリーナは慌ててブローチを出した。

「本当ですから!」

 兵士たちは皆動きを止めると穴が空くほどそれを見つめた。随分長い間そうしているので不安になったアリーナがそっとそれを引っ込めると、我に返った様子で兵士が瞬きをした。

「本物か? 何故こんな小娘が?」

「信じ難いが……流石に偽物をつくる勇気がある奴はおらんだろうよ。無礼を働いたとなる方が問題だ」

 こそこそと言い合っていたが、手持ち無沙汰なアリーナの視線に気がついて姿勢を正す。

「ああ、いえ……嘘では、ないようですね。しかし、何故パンのようなものを」

 当然対応が変わった兵士に首を傾げつつ、それなら強く出ても大丈夫かもしれないと思い口を開ける。あと、パンのようなものと言われて単純に腹も立ったから。

「それをあなたに言わなければいけないんですか?」

「いえ、いえ! 失礼しました……」

 兵士たちは未だ釈然としないようすながら皆散り散りになってアリーナの傍から逃げるように居なくなった。まるで触らぬ神に祟りなしとでも言わんばかりに。

 これは、通行手形のようなものなのだろうか。アリーナはブローチの表面を撫でた。華美な装飾があるわけでもなし、そんなものには思えないのだけれど。


 やがてやって来た馬車の商人たちに乗せてくれと頼むと当然ながら嫌な顔をされたが、ブローチを見せると彼らも突然腰が低くなった。寧ろ快く迎えられ、アリーナは怖くなって馬車の端でじっとブローチを見つめた。

 一体、これは何なのか。
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