今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 ルグマが大きく振りかぶる。その剣を受けるだけ受けて、カディスは静かに口を開いた。

「自分が今までしてきたことはわかっているつもりだ。だが、これが俺の精一杯だった。もし当時話し合いをしようとすれば一体どれだけかかったか。俺には時間がなかった。これが、一番早く終わらせる方法だった」

「口だけは達者だな」

 不愉快そうにかちかちと歯を鳴らすルグマに、しかしカディスは表情を変えない。

「ああしなければ今もない。あの時、もう少しでレガッタを落とせそうだという時に、お前たちは……ドゥーブルは、話をきいてくれたのか?」

「さあな」

 短く答え、ぐっとルグマが体重をかける。それを押し返しながらカディスはルグマをじっと見据えた。

「そもそも、お前は一つ勘違いをしている。俺は人間に戻ろうとしているんじゃない──お前らが言うところの、完全な化け物になっただけだ」

「……何だと?」

「俺は今まで手段を選べなかった。以前の俺なら、ともすればお前の誘いに乗っていたかもしれない。だが、これからは選べるようになった。それだけのことだ」

 カディスは剣を滑らせ、素早く手を返して斬りかかった。体勢が崩れたルグマがそれを剣で受ける。瞬間、虚しい音と共にルグマの剣が半ばから吹き飛んだ。恐ろしく強い力がぶつけられたような有り得ない砕け方に、ルグマの顔が歪な笑みに引き攣った。

「俺にお前を殺させてどうしたいのかは知らないが、思惑に乗ってやる義理はない」

 そのまま尻餅をついたルグマの首に切っ先を突きつける。
 ルグマはそれに目もくれず、薄く笑った。

「俺は……余は、全てを一つにしたかっただけだ。国も全て壊して、在った形に戻したかった。戦争だ平和だと、どちらも面倒で退屈でうんざりだ。瑣末事の気にならない混沌とした世界にしたかった。勿論自分で成し遂げられれば一番いい。だが無理なら、もう他の奴でもよかった」

 けたたましく、耳障りに哄笑する。

「ああ、同じ側だと思っていたのになあ。お前のその力に惚れ込んでいたのに。目的のためには何でもできる奴だと思っていたが、思わぬ邪魔が入ったものだ。どれだけ凶暴な化け物も手綱を握られていてはどうしようもない」

 アリーナをちらと横目で見てルグマは肩を竦めた。

「失敗したな。それほど大切にしているとは思っていなかった。お前を狂わせるのに利用できるかと思ったが、勿体付けず早く殺しておけばよかったか」

「いいや。大切などという言葉では足りない。お前にはまだわからないだろう」

 アリーナに駆け寄り、カディスは顔を綻ばせた。身体が壊れそうなほど力一杯に抱き締める。

「こうして、人を愛するということは」

「カディス」

「遅くなってすまなかった。ああ、無事で、よかった……」

 カディスの黒髪がやわらかく頬をくすぐった。

「……っ」

 胸の奥から何かが込み上げてきて、ぎゅうと力を入れ返す。

「くだらない」

 ややあってそうつまらなそうに吐き捨て、ルグマはカディスを睨めつける。

「それで? その眼、このまま余を赦す気は無さそうだが。国中引き摺り回して晒し首にでもするか?」

「そんなに簡単に赦してやるものか。これから未来永劫、命ある限り俺のために尽くしてもらおう」

 カディスはにっこりと綺麗な胡散臭い笑みを浮かべた。

「確かに俺はお前のように世界を一つにすることを望んでいたし、今でもそうだ。だがそれはお前と違ってこの世界を平和にするために、な。俺の叶える未来をその目で見届け、自分がいかに愚かだったか思い知るといい」
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