今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
「だが、つまりは汝を引き入れれば勝ったも同然ということだ。余は他の頭の固い阿呆らとは違ったからな。当時、汝に秘密裏に書簡を送った。だが反応すらなかった。侯爵風情にそんな扱いを受けるなど、どれだけ無様だったがわかるか?」
私的な恨みとはこのことか。小さい男だ、とアリーナは顔を顰める。何と狭量でプライド高い人なのだろう。
「だがやはり余は諦めきれん。故に今一度問おう。余と組む気はないか。政治は余に任せ、汝は思うままに力をふるえばいい。この大陸だけではない。ゆくゆくは世界すら獲れるだろう」
「断る。俺は平和な日常を望んでいるだけだ。もうこれ以上、力で他を無理矢理に押さえつける気は無い」
恍惚と両手を広げたルグマを、カディスは冷めた目で切り捨てる。
しかしルグマは不気味な薄ら寒い笑みを浮かべたままだった。
「歩いてきた道を思い出せ。何を踏んできたか思い出せ。今まで自分がしたことを消せるとでも? 今更、そんなことが叶うとでも思うのか。ああ、腹が立って仕方がない。停戦などと、どの口が言うのか」
ルグマの視線がカディスの後ろに続く赤い道を辿る。
「大切なものができたから、もう自分だけは人間に戻ろうと? そんなことが許されるはずないだろうが!
なるほど汝の功績は大したものだろう。……だがなぁ、その手は最早綺麗には戻るまいよ──」
「さっきから好き勝手言って!」
我慢しきれず、アリーナは声を上げた。
「何も知らないくせに! カディスだってそうしたかったわけじゃない。でも他にできる人がいなかったから!」
「はあ、何も知らないのは汝の方だろう。あれが人殺しだと言われても実感が湧かないのではないか?」
直ぐに言い返せなかった。悔しいけれど、否定はできなかった。
アリーナは文字や話として知っているだけだ。どこか他人事のように思っていたのではないかと、そう言われれば。
「余はただ、全てを捨てて『こちら側』に来るべきだと言っているだけだ。だが、それが受け入れられないと言うなら」
ルグマは剣で大理石の床を叩いた。かん、と乾いた音が鳴る。
「カディス・レガッタ・クレミージ、お前を潰さなければレガッタは落とせない。良い機会だ。残念だが、ここで死んでもらおう」
その言葉が合図だったのだろう、兵士たちがぞろぞろと現れた。
「やれ」
短い命令と共に、皆同時にカディスに飛びかかる。ルグマにどれだけ言われようと黙り込んだままだったカディスがぼんやりと緩慢な仕草で腕を上げた。
顔を歪め、酷く嫌そうに腕を振るう。それでも兵士たちはその動きに追いつけない。吹き飛ばされ、床に転がる。
カディスは倒れ込んた兵士に止めを刺すことはなく、攻撃してくる相手を打ち据えるだけに留めていた。
「まあ全く相手にならんのはわかっていたが」
冷めた目で転がる兵士を一瞥して、ついとカディスに視線を向けた。
「なんだ、あれは本当に腑抜けたのか」
至極つまらなそうに、ぼそりと低い声でルグマが呟く。
アリーナの首に当てられた剣が僅かに引かれた。じんとした痛みと共に皮が切れたのが分かった。
「い……っ」
反射的に声を上げると、カディスがぱっとこちらを向いた。ぎりっと唇を噛み締め剣を構える。
「そうだ。本気で来い、王殺し。俺を殺してみろ! 目の前で教えてやるがいい、自分が元来どういうものなのかをな!」
私的な恨みとはこのことか。小さい男だ、とアリーナは顔を顰める。何と狭量でプライド高い人なのだろう。
「だがやはり余は諦めきれん。故に今一度問おう。余と組む気はないか。政治は余に任せ、汝は思うままに力をふるえばいい。この大陸だけではない。ゆくゆくは世界すら獲れるだろう」
「断る。俺は平和な日常を望んでいるだけだ。もうこれ以上、力で他を無理矢理に押さえつける気は無い」
恍惚と両手を広げたルグマを、カディスは冷めた目で切り捨てる。
しかしルグマは不気味な薄ら寒い笑みを浮かべたままだった。
「歩いてきた道を思い出せ。何を踏んできたか思い出せ。今まで自分がしたことを消せるとでも? 今更、そんなことが叶うとでも思うのか。ああ、腹が立って仕方がない。停戦などと、どの口が言うのか」
ルグマの視線がカディスの後ろに続く赤い道を辿る。
「大切なものができたから、もう自分だけは人間に戻ろうと? そんなことが許されるはずないだろうが!
なるほど汝の功績は大したものだろう。……だがなぁ、その手は最早綺麗には戻るまいよ──」
「さっきから好き勝手言って!」
我慢しきれず、アリーナは声を上げた。
「何も知らないくせに! カディスだってそうしたかったわけじゃない。でも他にできる人がいなかったから!」
「はあ、何も知らないのは汝の方だろう。あれが人殺しだと言われても実感が湧かないのではないか?」
直ぐに言い返せなかった。悔しいけれど、否定はできなかった。
アリーナは文字や話として知っているだけだ。どこか他人事のように思っていたのではないかと、そう言われれば。
「余はただ、全てを捨てて『こちら側』に来るべきだと言っているだけだ。だが、それが受け入れられないと言うなら」
ルグマは剣で大理石の床を叩いた。かん、と乾いた音が鳴る。
「カディス・レガッタ・クレミージ、お前を潰さなければレガッタは落とせない。良い機会だ。残念だが、ここで死んでもらおう」
その言葉が合図だったのだろう、兵士たちがぞろぞろと現れた。
「やれ」
短い命令と共に、皆同時にカディスに飛びかかる。ルグマにどれだけ言われようと黙り込んだままだったカディスがぼんやりと緩慢な仕草で腕を上げた。
顔を歪め、酷く嫌そうに腕を振るう。それでも兵士たちはその動きに追いつけない。吹き飛ばされ、床に転がる。
カディスは倒れ込んた兵士に止めを刺すことはなく、攻撃してくる相手を打ち据えるだけに留めていた。
「まあ全く相手にならんのはわかっていたが」
冷めた目で転がる兵士を一瞥して、ついとカディスに視線を向けた。
「なんだ、あれは本当に腑抜けたのか」
至極つまらなそうに、ぼそりと低い声でルグマが呟く。
アリーナの首に当てられた剣が僅かに引かれた。じんとした痛みと共に皮が切れたのが分かった。
「い……っ」
反射的に声を上げると、カディスがぱっとこちらを向いた。ぎりっと唇を噛み締め剣を構える。
「そうだ。本気で来い、王殺し。俺を殺してみろ! 目の前で教えてやるがいい、自分が元来どういうものなのかをな!」