今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 足を掬われ、ふわりと抱えあげられる。突然のことに驚いている間に、カディスは助走をつけて飛び上がる。
 景色が眼下に遠ざかっていく。

「た、高……」

 しがみついて震えるアリーナをよそにすとんと綺麗に民家の屋根に着地をするとそのまま駆け出した。
 びゅうびゅうと風が頬をなぶる。風圧に目を細めて、カディスの横顔を見つめる。

「今の俺は、何でもできそうなんだ。お前がいれば、俺は何にだってなれる。これが『血の盟約』の力か」

「ふーん。やっぱり私はあんまり変わったところないんだけどね。そんなには実感湧かないっていうか」

「へえ」

 カディスは走りながらアリーナの首に手をやり、おとがいを親指で押し上げる。

「不安?」

「べつに、そんなんじゃ……」

 首筋をカディスに見つめられるだけでぞくぞくするのは、きっと自分はもうおかしくなっているのだろう。

「や、やめてよ、こんなとこで」

「残念ながら俺もそれほど器用じゃない。それに、心配しなくてももう着いた」

 カディスが窓からひょいと城に入る。カディスの部屋の正面だった。

「ちょっと不用心過ぎない?」

「面倒だろ、ここから帰ってきた方が早い。それに誰か侵入したところでそれをすぐに後悔することになるだろうな」

 すごい自信だ。無敵の皇帝陛下を演じていた時より、なんだか少し子供っぽくなったような気がする。
 何か起こってからじゃ遅いんだけど、まあ痛い目見なきゃわからないもんか、とアリーナは肩を竦めた。

 アリーナを抱えたままカディスが部屋に入った。そっと降ろされ、ベッドに座らされる。

「本当に、久しぶりにふたりだな」

「吸血のためにちょっと会ったりはあったけどね」

 忙しいので仕方がなかったが、ほぼ作業のようなものだった。
 やっぱりあれは違うな、と思う。吸血っていうのは、もっと──

 ぐいっと頭が引き寄せられ、耳朶を甘噛みされる。微かに触れる熱い唇、それだけで頭の奥がじんじんした。

「嫌なら、やめる」

 低く囁かれ、身体が震える。

「わかってるくせに」

 唇がゆっくりと焦らすように首筋まで降りてくる。何度も口付けされて、アリーナはぎゅうっと目をつぶった。

「ほんと、いじわる……」

 カディスが笑った吐息がかかり、擽ったくて身をよじる。やがて、痛みと共に何かが入ってくるのがわかった。

 アリーナは、カディスに気がつかれないように、必死に堪えながらこっそりと身震いした。

 本当は、一つだけ。『血の盟約』で自分にわかるくらい変わったことがある。

 血を吸われることが、気持ちよすぎるのだ。
 今までもそうだったけれど、それとは比べ物にならないくらいに。
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