野獣は甘噛みで跡を残す
 が、後ろは寝室のドア。

 後退しようにも逃げ道は阻まれているため背中にドアがぶつかっただけ。

「い、いきなり、何ですかっ?」

「………アンタねぇ」

 呆れた溜め息が、前髪で隠した額辺りに落ちてきた。

 窺うように顔を少し上げる。

 睨まれている。

「昨夜高校の同窓会があったことは覚えてる?」

「え? お、覚えてますけど………」

「じゃあ二次会行ったことは? 居酒屋行ったでしょ」

「行きました」

「アンタそこで蒲田に飲まされて酔っ払ったあげく、どういうわけかアタシに絡んできたのよ」

「絡んできたって、ど、同級生?」

「そうよ、委員長。まったくもう。確かにアンタとは話さなかったけど、アタシが誰かも忘れちゃうなんてね」

 信じられない、とでもいうように頭を軽く左右に振る男───いや、同級生らしき人物。

 だけど信じられないのは私だって同じだ。

 雑巾を絞るみたいに記憶を思い出そうとしても、オネェの同級生には心当たりが全くない。

 確かに居酒屋で蒲田君の隣になり進められるまま飲んでいたのは何となく思い出してきたけど………だめだ、全然分からん。

 私を委員長と呼んだり蒲田君の名前を出すということは本当に同級生なんだろう、けれど。

「すみません、誰、ですか?」

「………」

 おずおずと尋ねる。  

 相手は天を仰いで深い溜め息を吐きだす。

 何だか申し訳ない気持ちでその様子を見ていたら───突然、ドアに当てた左腕を支えにし、真上から私を見下ろしてきた。

 サルエルパンツの柔らかい生地が太股に触れ、はっとした瞬間、右手で両頬をぎゅっと挟まれ上を向かされた。

 そして物凄い至近距離から、

「ふざけんなてめぇ」

 威圧的に囁かれ、「ひっ」と声が漏れた。


     
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