野獣は甘噛みで跡を残す
 次の瞬間、前にもこんなことがあったと思い出し、別の意味ではっとする。

 あれは高校一年のとき、地毛だと言い張ってまで髪を赤茶色に染めて学校に来ていた不良男子に絡まれたときだ。

 絡まれたというか、怒られたんだ。

 移動教室のときたまたま中庭で三年生と喧嘩している彼を見付け、初めは見て見ぬ振りをしようとして早足で通り過ぎようとした。

 相手は確か三人。

 彼は二人に両腕を押さえ込まれていた。

 それを振り払い、殴りかかってきた一人のお腹に蹴りを入れ、握り拳を振り上げたのを見てなぜか私は走ってその腕にしがみ付いたんだ。

 三年生はその場を走り去り、そして無言で近付いてくる彼から逃げようとして壁に追い詰められ………

 彼は、今、私と視線を合わせている人物と同じことを言い放った。

『ふざけんなてめぇ』

 彼と関わったのはそれが最初で最後。

 私の人生において二度と関わることがない人間だと思っていたあの、あの?

「白石律………?」

 声にしても半信半疑。

 だってあの不良男子が十年後、オネェになってるなんて誰も思わない。

 けれど白石律らしき人物が手を離し少し後退すると、顎に毛先がかかる髪を指で弄りながら、恨めしそうに私を見て言った。

「そうよ。やっと思い出した? 野瀬桜子」

 どうやら本物の白石律だったらしい。

 言われてみれば目付きの悪さとか面影が………

 本当に白石律。

 あの、白石律。

 じわじわと現実が脳内に染み渡っていく。

 そして私は、

「う………」

 あまりの衝撃に酔いが覚めるどころか再び回ったのか、目の前がぐるぐる回り、突然の吐き気に見舞われた。

「ちょっと待って! こっち、こっち来て!」

 あの白石律が慌てた様子で私の体を支え、「あーもうっ!」吐き捨てたあと「掴まってなさい」両膝の裏に手が回り、軽々と持ち上げられてしまった。

「いい? 今吐いたら殺すわよ」

「ら」で舌を巻き、リビングから歩き出した白石律は、やっぱり白石律だった。

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