英雄は愛のしらべをご所望である
交差する感情

言葉をひとつも発することなく、ウィルはセシリアとシルバの座る席へと近づいてくる。
エデンはステージがあるとはいえ、それほど広くない店だ。出入口からステージ近くの座席までは、数秒でたどり着ける距離である。

だけど、セシリアにはひどく長い時間に思えた。
コツコツと小さな靴音が妙に耳に残る。

普段ならば久しぶりに来店してくれたことに喜び、駆け寄っていただろう。
自分を見つめる黒い瞳に舞い上がりすらしていたかもしれない。

だが、セシリアは今、初めてウィルの瞳が怖いと感じていた。

ウィルがセシリアの席の横で立ち止まる。
一瞬、ウィルの視線がテーブルの上に向かった。


「……食事しに来たんだが、店員は?」
「あっ、ごめん。私がーーひゃっ!?」


あまりの動揺に己の仕事を忘れていたセシリアが慌てて立ち上がろうとするも、シルバと手を繋いでいたままだったので、引っ張られるように体勢を崩す。

だが、前から伸びてきたウィルの手がセシリアの腕を掴んだことによって、転ばずにすんだ。

ハッとセシリアは息を止める。
腕から伝わってくる微かな痛みが、ウィルの存在を大きくさせた。


「あ、ありがとう、ウィル」
「気を付けろ」


セシリアはこくんと小さく頷き返すと、シルバへ視線を移した。


「あの……シルバさん」


目だけでシルバへ手を離してほしいという意思を伝える。
察しの良いシルバは「あぁ、ごめんね」と言って、優しく微笑んだ。シルバからは、この状況をウィルに見られたことへの動揺や照れなどは一切感じられなかった。
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