英雄は愛のしらべをご所望である

「ウィル? ……大丈夫?」


それはセシリアにしてみれば何気ない一言だった。

只でさえ、感情を表に出さないウィルが友人であるはずのシルバに掴みかかるという珍しい光景を目にして、内心動揺しているというのに。
加えて、今まで見たことがないくらいウィルの意識が散漫しているのだ。

セシリアは単純に心配していた。

一方、ウィルの方は未だに混乱していた。
セシリアに名前を呼ばれた瞬間、身体中に走った痺れ。速くなっていく鼓動。息苦しさ。

未だかつて襲われたことのない痛みに、ウィルの表情が若干曇る。
その様子を見て体調がよくないと判断したセシリアは、一瞬考える素振りを見せるも、躊躇なくウィルの手をとった。

ウィルの体が驚きで小さく揺れる。


「私の部屋に来て」
「……は?」


突拍子もない発言を耳にし、唖然とするウィルを他所に、セシリアは話を進めていく。


「疲れてるのよ。休んだ方がいいわ。ちょっと話してくるから待っていて」


そう言ってセシリアは店のバックヤードへと向かっていく。


「ちょっと待て。おい、セシリア」


ウィルの制止は残念ながらセシリアに届かなかった。
何故こうなったとウィルが頭を抱えたのは言うまでもない。
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