英雄は愛のしらべをご所望である
彼女の部屋

「お、おい。セシリア」


店舗から一度出て、庭に繋がるドアへと案内されたウィルは、目の前を歩くセシリアに声をかける。

バックヤードから戻ってきてすぐ、セシリアは「こっちに来て」と言っただけで、その後は一言も話そうとしない。
誘導されるがままについてはきたが、ウィルは内心戸惑っていた。


「ちょっと待てよ。どこに連れていく気だ」
「部屋って言ったでしょ? こっちだよ」


平然とした様子でセシリアは裏戸を開けると、そのまま木製の階段へ向かっていく。
ギシギシと時より軋む音をたてて上りきった先には、左手にダイニングのような部屋があり、反対側には奥に続く廊下があった。


「ここの中で待ってて」


そう言ってセシリアは幾つかあるドアの一つを開け、この状況になっても尚、渋った様子を見せるウィルを強引に引っ張る。
力勝負ならば確実に上であろうに、ウィルは振り払うべきか迷っていたため、簡単に部屋へと入れられてしまった。

部屋にあったのは、ベッドとドレッサー、小さなタンス、一人用サイズの足の長い丸テーブル、背もたれのない椅子が一脚だけ。
シンプルだけれど、これだけあれば十分と言える部屋だ。

女性らしいと言えば、テーブルの上に置かれた一輪挿し。赤いガーベラが部屋を彩っている。

男所帯で生活しているが故か、ウィルは別世界に来た感覚だった。

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