英雄は愛のしらべをご所望である

「お待たせ」


背後からかけられた声にウィルが振り向くと、視線の先にいたセシリアの手には、ウィルが注文していた食事と飲み物があった。


「少し狭いけど、ここなら落ち着いてゆっくりできるでしょ?」


そう言いながらセシリアは丸テーブルの上に食事を手際よくセッティングしていく。

ウィルは何故セシリアが急にこのような行動をとったのか理解できなかった。
そんな疑問が顔に出ていたからなのか、セシリアはウィルを見てクスリと笑う。


「何してるんだって顔してる」
「……というか、なんでこんなことを、と思ってる」
「なんで、かぁ……」


少し困った口振りのセシリアは、ウィルに背を向けると、部屋奥にある窓の側へと足を進めた。
ウィルの位置からではセシリアの表情は見えない。


「人に見られるのって、ずっとだと疲れない?」


黒い瞳が大きく見開かれていく。
そんなウィルの変化など気にすることもなく、セシリアは手を伸ばし、窓を大きく開けた。

涼しい風が一気に部屋中を駆け回り、草花の微かな香りを運んでくる。
月明かりによって白銀に輝くセシリアの髪がふわりと舞い、白いうなじが露になった。

ウィルの視線がセシリアを捕らえて離さない。


「大きなお世話かもしれないけど、たまには『黒き英雄の再来』じゃなく、『ウィル』としてのんびりするのもいいでしょ」


そう言って振り返ったセシリアの微笑みが、見たことのないほど美しく思えて、ウィルは無意識に息をのんだ。
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