英雄は愛のしらべをご所望である
「まぁた、セシリアの悪い癖が出た。感情が音に出る」


突然、空から呆れを含んだ声が降ってくる。セシリアは驚いて顔を上げた。


「師匠! 起きてたんですか!?」
「んー」


窓枠に頬杖をつきながら、間の抜けた返事を返したラルドは、寝起きのせいか大きな欠伸をした。艶やかな赤い髪は所々跳ね、着崩れた衣服からは色白い胸元が露わになっている。とてもだらしの無い姿なのに、それでも何故か美しく見えてしまうから始末に負えない。


「セシリアはもう少し感情のだだ漏れを抑えようね。唄には、その唄に込められた感情があるんだ。君の唄じゃないんだよ」
「はい。申し訳ありません」


何度も同じ事を言わせないでくれ、とラルドの目が語っている。セシリアが一人前として認められない一番の理由がこれだ。

演奏技術は幼い頃から元ハープ奏者の母親に教え込まれていたおかげで、かなりのものだが、演奏がセシリアの心情に左右されやすいのだ。
祝いの唄が悲しげに聞こえたり、失恋の唄が嬉しげだったり。

決して、感情を唄に乗せるのが悪いと言っているわけじゃない。ただ、唄の内容や作った人の想いに合っていないことが
、良くないのである。


「でも、そんなに寂しいことって何? あの黒髮の男だよね? 僕の演奏なんて耳に入らないくらい見つめてたもんな」
「うえっ!?」
「僕が気づかないとでも?」


セシリアは気まずげに目をそらす。師匠の演奏を聞くのも修行の一つだ。それなのに、ウィルに見入っていたなんて……今思えば、命知らずの行いである。
ふふふっ、と笑っているラルドの笑顔が恐ろしい。


「も、申し訳ありません! 彼は、その……幼馴染で。八年ぶりだったので、つい」
「幼馴染? うわぁ! 彼と知り合いなんて、凄いじゃない!」
「え? 凄い?」


手を叩き、興奮気味に声を上げたリリーの言葉を理解できず、セシリアは首を傾げた。
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