英雄は愛のしらべをご所望である
シルバはセシリアの様子を見て、ふっと小さく笑いを零す。けれど、照れている女性にそれ以上つっこむなんて野暮はしなかった。


「ウィルとセシリアさんは昔からの知り合いなんだよね?」
「まぁ、そうですね。幼馴染みたいなものでしょうか」
「そっかぁ。ウィル、あんまり騎士になる前の話をしてくれないんだけど、こんなに可愛らしい幼馴染がいたんだね」


シルバの言葉を受けたセシリアは、喜ぶどころか、僅かに表情を曇らせる。
一緒に飲みに行く程の友人に対してさえ、リャット村で過ごした時の事を話したくはないのだろうか。そう思うと、少しだけ寂しく思えたのだ。

シルバはセシリアの変化に気づいていないのか、ニコニコした爽やかな笑みを崩さない。


「ウィルに会うのは久しぶり?」
「八年ぶりくらいです」
「じゃあ、話したいこともたくさんあるよね」


確かに聞きたいことはたくさんだ。騎士になるまでのことや、どう過ごしてきたのか。なんで連絡の一つもくれなかったのか。戦のことや、今後のことも。

だけど、聞いたところでウィルが答えてくれることなんてない、とセシリアはわかっていた。ウィルは昔から、あまり胸の内を明かしてはくれなかったから。

セシリアは離れた先で、未だに住民達と言葉を交わしているウィルに視線を向ける。
苦手なことでも逃げず、挑んでいるウィルを見ていると、騎士としての誇りや頼られている事で得られる自信が溢れている気がしてならない。


「ウィルが元気でいてくれるなら、それでいいんだと思います」


それは村から出た後のウィルを知っているシルバに対して、見栄を張った言葉だったのかもしれない。
それでも、変わりたいと思って騎士を目指したウィルが、少しずつでも変わっている。そして、今もなお進もうとしている。その姿が見れただけでも、満足すべきなのだ、とセシリアは思った。


「……セシリアさんは、ウィルが大切なんだね」


シルバの声のトーンに一瞬かげりが見えた気がして、セシリアはウィルへと向けていた視線をシルバに戻す。
けれど、振り向いた先にいたのは先ほどとなんら変わらぬ笑顔を見せるシルバであった。


「ウィルが羨ましいと思ってね。八年ぶりに会っても、こんなに心配してくれる人がいて。あっ、勘違いしないで! 俺にも心配してくれる人はいるから」


そう言ってニヤリと笑ったシルバに吊られ、セシリアも笑みをこぼす。


「彼にとっては余計なお世話なのかもしれないですけどね」
「そーかなぁ? でもこんなに人がいっぱいいる王都で、そんな大切な人と八年ぶりに会えるなんて凄いことだよ」
「ふふふ! 運命なんですよ、きっと」


セシリアとシルバは堪えきれず声を出して笑い合った。何だか気持ちが軽くなっていく。

そんな二人に近づく一つの影は、小さなため息を零した。
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