英雄は愛のしらべをご所望である
「どうした?」


かけられた声は決して優しい音ではなかった。どこか素っ気なくさえ聞こえる。ウィルのことを何も知らない人ならば、冷たい言い方と思うかもしれない。
けれど、セシリアは違った。ウィルの性格を知っているからこそ、ちゃんと心配してくれているとわかる。

くしゃりとセシリアの表情が歪み、握る手に力が入る。


「さっきの……」
「お前が夢見がちすぎるからだろう」


セシリアは小さい頃からロマンチックなことが好きだった。本だって、難しい本を好むウィルと違って、物語ものばかりを好んで読んでいた。ハープにはまっていった理由だって、唄のモデルになる事柄が素敵だったから。

今でこそ落ち着いたが、昔は恥ずかしげもなく夢見る少女のように語ったものだ。先程ウィルが口にした言葉がその証拠である。全てセシリアがウィルに言っていた言葉だ。


「だからって言わなくてもいいのに」
「変わっていないからだ」
「少しは落ち着いたよ! ……たぶん」


自信を持って言えないところが何とも恥ずかしい。けれど、セシリアはこのやりとりに懐かしさを覚えていた。

ウィルは確かに口数も少ないし、皆が何を考えているのか読めないくらい表情も変わらない。それでも、思い出されるのは優しいウィルの姿ばかりだった。

だけど、思い出とは美化されるものなのだな、とセシリアは痛感する。


「ウィルだって、変わっていないみたい。そういえば、ウィルは時々意地悪だったもの」


セシリアの言葉を受けたウィルは怒るどころか、少し嬉しそうに目元を緩める。その表情を目に入れた瞬間、セシリアは胸が締め付けられるような思いに駆られた。
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